59.策に溺れる2
後頭部や首筋を撫でていたオニキス様の手が耳や頬に触れ始める。声を我慢しているのに肩が動いて反応してしまう。
それに気を良くしたオニキス様が耳に唇をつける。そっと噛んだりわざと音を立てて舌でくすぐられているうちにどうしても声が漏れる。オニキス様の胸の印が熱いくらい熱を放っていた。
これはもう抗えない流れだけれど、今日だけは、今だけはオニキス様に何を考えているのか読まれたくなかった。でも絶対このままだとキスされてしまう。
そんなことをぐずぐずと考えているといつの間にか目の前にオニキス様の顔があった。キスはされなかった。
「大丈夫。私もあの時は同じことを考えていた」
「――っ!?」
オニキス様はちょっと目を細めて笑って、私の右手の人差し指の爪に唇をつけた。そのまま指を伝って掌にキスを重ねる。
これは、この前私がソファでしたのの仕返し?
指を口に含まれると柔らかくて暖かい。
「気持ちいい……です」
そう言った私の言葉に気を良くしたようで、オニキス様は私の目を見つめながらさらに丹念に指を口のなかでもてあそぶ。
指を半分くらいのところまで何度も何度も出し入れしたり、口のなかで爪の付け根をゆっくりと舌でくすぐる。
どんどん興が乗ってくるオニキス様に、私も笑いがこらえられなかった。
「この前のお返しだ」
「私、ここまでしてないですよね」
「そうか? じゃあ……、して?」
オニキス様は上半身を起こしてたくさんの枕にもたれかかり、面白がるような挑発するような瞳で私を見つめた。私たちは二人とも大分酔っているなと思う。今夜のお酒は本当に楽しくておいしかった。
正直言えば、日本での会社員時代にだってこんなことをしたことはなかった。そもそも男の人の体を見たことだってない。でも、まあ、もう社会人だしそういう風にするんだろうなって知識はある。
それに、私はずっとオニキス様を私と同じように気持ちよくしてあげたかった。
オニキス様の広げた脚の間にちょこんと正座をする。足がしびれちゃうかなと思いなおして膝をずらして女の子座りの姿勢になる。
寝巻の下はウエストのところを紐で絞るタイプのズボンだったので紐を解く。
「プレゼントの包装を開けるみたいで楽しいですね」
ちょっと照れくさいのでオニキス様の顔は見ない。胸の印の熱に呼応するように熱を持っているその部分に、布の上からそっとキスをしてみる。オニキス様の口から短いため息のような吐息が漏れた。
たしかに、これは楽しい。オニキス様が私のことを気持ちよくしてくれたがる気持ちがとても良く分かってしまった。
***
「朝は一緒に湯浴みをしようか」
汗とかいろいろなものでぐちゃぐちゃになってしまったから、朝はさすがにお風呂にはいりたいなと思っていたら、オニキス様に心を読まれたかのように誘われてしまった。
って、一緒にとはさすがに思ってなかったけど。まあ、洋画みたいな泡でモコモコのお風呂に一緒に入ったら楽しそうだし素敵かもとは思ってしまう。でもやっぱり朝のお風呂を一緒になんて恥ずかしいし無理。
「そうか。朝は嫌か。わかった」
オニキス様があっさり引き下がってくれたので安心する。
「あの、さっき上手にできなくてごめんなさい」
「ん? ……ああ、いや、一生懸命で可愛らしかった」
結局、ドキドキしながら下着を脱がせたところまではよかったものの、実際に口を付けてみるところで躊躇してしまったりそのあとも歯を立ててしまったりで最初は散々だったと思う。
でもまあ、くすぐったそうにしていたオニキス様の声がちょっと掠れた感じになったのを聞いてすごく嬉しくなって、どうすればいいのかを教えてもらいながら、なんとか最後までしてあげることができた。
その直前に慌ててオニキス様が離れようとして、私もあわてて強く引き寄せてしまって、結局私の首筋とかほっぺたあたりがベタベタになってしまった。それはもちろんオニキス様が綺麗に拭ってくれたけれど。
あんなに慌てたオニキス様なんて見たことがなくてびっくりしてしまった。
そのあとはお返しにとこの前みたいに舌と口で私のことを悦くしてくれたけれど、その時の言い方がどう考えても漢字の「行く」だったので、「どこに行けたんだろう」などとぼんやり考えてしまった。そうなっちゃうときの「い」は漢字じゃなくてなんとなくカタカナのイメージだよね。
「なにを笑っている?」
「だって」
「ん?」
「いつか、一緒にどこかに行けたらいいですね」
そういえばあの勝負ってどうなっちゃうんだろう。
オブシディアンへの警戒はもうする必要がなくなったので、私がオニキス様の誘惑に乗らない勝負はもうなしにしてもいいと思うけど
でも今晩はさすがにもう眠い。明日また考えよ。