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56.上位互換

 

「やあ! いい匂いだ」


 応接スペースから張りのある声が聞こえてくる。おそらくオブシディアンの声だろう。オニキス様の(かげ)を纏ったような静かで低い声に比べると同じ系統の声なのに陽の光を浴びて輝いているような元気な声質だ。


 なんとなくオニキス様が劣等感を抱いているのもわかってしまう。


 マルティンがお茶の準備をして厨房を出ていく。


「菓子はどうした。これだけ匂いをかがせておいてあり得ないだろう」


「申し訳ありません、見習いが練習に作っているもので」


「それならアドバイスをやるから持ってこさせろ。俺は菓子には詳しいぞ。マルティンも知っているだろう?」


 そんなマルティンとオブシディアンのやりとりが聞こえてくる。本邸ではマルティンがオブシディアン付の側仕えだったのかもしれない。ずいぶんやり取りが親密だ。


 オニキス様の声は聞こえてこないけれど氷のような顔をしているのが容易に想像できる。


 ほどなく、困り顔のマルティンが厨房に戻ってくる。


「お菓子はあとどれくらいでできますか?」


「もう焼きあがりますけれど、私も初めて使った果実なので、(つたな)い出来なので……」


 そんなことをごちゃごちゃと話しているうちに残された二人も厨房にやって来てしまう。正確に言えば無理やり厨房に来ようとしたオブシディアンを止めにオニキス様もついてきたようだ。


「お前が作ったのか? 焼きあがったらアドバイスをしてやるから持ってくるといい」


 オブシディアンにそう声をかけられたけれど、頭を下げた姿勢のまま顔を上げることができない。オニキス様はどんな顔で私をみているのか想像もできない。


「オブシディアン、我が家の大事な人間に無茶を言わないでくれ」


「しかし、兄上、この焼き立ての菓子の匂いを前に我慢しろとは……。習作でも構わないのだが」


 そういえば、私が最初にここでパイを焼いた時に、匂いにつられてオニキス様が出てきてしまったことがあった。あの時もまだ習作だったのに結局食べさせてしまった。今と状況がよく似ている。やっぱり兄弟だなあとちょっと笑いそうになってしまう。


 そんな私の様子におそらく気が付いたオニキス様が、諦めたようにマルティンに告げる。


「わかった。焼きあがったらマルティンに運ばせよう。それで勘弁してくれ」


 そんなやりとりをしているうちに焼き上がりの時間になった。マルティンが二人を応接スペースにと促す。


 カトラリーの用意をして、切り分けとサーブはマルティンに託した。


「具に生の果実を使うのならパイではなくてタルトの方がよいのではないか。それに、ミラベルは先にカラメリゼした方が味にアクセントが……いや、粉砂糖をまぶしておくだけでも……」


 よく通るオブシディアンの声は厨房まで聞こえて来た。お菓子に詳しいというのは本当のようだ。


 タルト生地は作ったことがない。あとで図書室に行って作り方を調べなくては。


 なぜか、オブシディアンのためにお菓子を作る気になっている自分に驚く。もちろん、オニキス様に恥をかかせたくないという気持ちがほとんどだけれど。


 ***


 夕食の席ではさすがに挨拶をしないといけないということでゲルタがドレスとヴェールを用意してくれていた。


 私のお菓子の出来が微妙すぎて、もう一度作らせてみたいのでまだしばらくオブシディアンは滞在するという。よくオニキス様がそんなことを許したなと思うけれど、オブシディアンが滞在している間はモモカがこの館にはやって来にくいだろうとの思惑もあるようだ。


 モモカがそこまで気が回るタイプだとは思えないけれど……。


 夕食の席に着く前にオブシディアンから挨拶を受ける。私は最低限のことしかしゃべらないようにオニキス様に言われているので、終始笑みをたやさないようにしてオニキス様の隣にいる。


 二人が話す様子を聞いていると、時折、オニキス様の「兄」の顔が見えてそれがとても楽しい。

 

 オブシディアンは顔こそオニキス様に似ているものの、全体の印象を考えるとあまり似ていない。体も一回り大きくて筋肉質だし、騎士団にいるそうで髪も短い。


 魔力優位だというグラウヴァイン家で魔力に劣るのはなかなか生きづらい人生なのではと思ったけれど、末っ子なだけあって能力とは関係なく可愛がられて育ったらしく、オニキス様には見られない天真爛漫さがまぶしい。


 オニキス様もそんな弟を邪見にしきれないようで、なんだかんだいっても楽しそうにお酒も進んでいる。

 

 シガールームで飲みなおすという二人に退室を告げて部屋に戻った。


 ***


 ベッドでお菓子のレシピ本をめくっていると、大分酔った感じのオニキス様が戻って来た。


「今夜はだいぶ楽しそうでしたね」


「そうだったか?」


「ええ。それにしても、オブシディアン様は本当にメイドが私だとわからないものなのでしょうか? 夕食のときはヴェールを被っていたとはいえ……」


「ん? ああ、あいつも食べ物に魔力が含まれるかどうかくらいはわかるからな。魔力を完全に含まない君の菓子を食べて平民の娘だと思い込んでいるのが大きいだろうな」


 そんなことを言いながらオニキス様はもう半分眠りかけている。どれだけ飲んだんだろう。


「そういうものですか……。あ、もう寝るなら明かり消しますね」


「……無尽蔵と言っていいほどの膨大な魔力がある……」


「えっ、なんですか?」


「冥王の愛し子が……まさか……あんな菓子を……思わないだろう……」


「めいおう?」


 オニキス様は完全に眠ってしまったようだった。冥王と言ったように聞こえたけれど……?


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