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55.夏の終わり

 

「少し舌を出して」


 耳元で少し怒ったような、あるいは諦めたような静かな口調でオニキス様が私に囁く。おそるおそる舌を出すとゆっくりと絡めるように促される。


 私は息をするのも忘れてオニキス様に舌を吸われていた。チョコレートの官能的な香りが口腔に広がる。


「んん、んっ」


「息はちゃんとしなさい」


 唇を離したオニキス様が呆れたように言う。


「怒って、いるんですか?」


「君の考えていることは分かるが、何を考えているのかはさっぱりわからない」


「私もオニキス様が何を言ってるかわかりません」


「じゃあ、口を(つぐ)んでいるように」


 言葉のわりには酷く優しい口調で告げて私を抱き上げる。


「ちゃんと首につかまっておいで」


「片付けはいいんですか?」


 オニキス様はその質問には取り合わず、寝室への扉へ向かう。


「君をソファの上に座らせていると何をしでかすかわからないからな」


 そんなことをいいながらベッドに私を腰かけさせて室内履きを脱がせてくれる。


「そんなことまで」


 前にこんな感じで膝の傷をみせたことがある。あの時はオニキス様が本気じゃないのがわかっていたので私にも余裕があった。でも、今日はオニキス様の顔から感情が読めない。足先に触れる指はほんのりと熱をもっているけれど私を見つめる冷たい瞳に射竦(いすく)められる。


「足を開いて」


 逆らうことにすら抵抗を覚えるような威圧感のある声で、諭すように告げる。

 顔を背けながら膝を緩めると大きく押し広げられる。


「や……恥ずかしい、です……」


「そうだな。こんなに()らして」


「……あっ」


 耳元でささやかれた声と、ふいに触れられた指先に思わず体が跳ねてしまう。

 そのままもっと触ってもらえると思ったのにオニキス様の手のひらは内腿を静かに撫でるだけで、そのもどかしさに喉の奥から声にならない悲鳴が漏れそうになる。


「どうした」


「……オニキス様、なんで……?」


「では、自分で下着を脱いで」


 驚いてオニキス様の顔をみつめる。細めた瞳が早くと私を促す。


 どれくらい見つめ合っただろうか。ふいにオニキス様が笑って私を抱きしめた。


「すまない。つい意地悪をしたくなって。すぐに()くしてあげるから今日はそれでもう寝なさい」


「……」


 こんな風に一方的にオニキス様に触られるだけなのはさみしいとか、私だってオニキス様をそうしてあげたいのにとかそんな言葉がぐるぐると頭を渦巻いた。


 でも言葉は口をついて出ず小さく頷くことしかできなかった。


「いい子だ」


 魔法のようにあっというまに下着を脱がされ、自分でもふれたことのない場所にオニキス様が口づけをする。舌でそっと何度も舐め取られるともう何もわからなくなった。


「ん、ん……、――――あっ」


 さっき捕まえそこなったチカチカとした光が小さな花火のようにはじけた気がした。私の変化を敏感にとらえたオニキス様がゆっくりと顔を上げてちょっと笑った。

 

欲しかったものがようやく与えられた安堵と満たされた幸福な余韻でぼんやりとしたままオニキス様を見つめる。


「君の夢の世界ではオルガスムスを得ることを『行く』と表現するのだな」


 生理学の用語でも解説しているかのように、妙に感心した口調でそんなことを言われ、余韻から急に冷めて正気になってしまう。


「オニキス様? なんで……私、声に出していなかったですよね?……あっ……読んで……?」


 オニキス様が心底楽しそうに私の顔を覗き込んでいた。


「すごく、可愛らしかった」


「やだやだやだやだ。オニキス様のばか。そういうこと言っちゃ……嫌です……」


「さあ、これで眠れるだろう。今晩は何も考えずにおやすみ」


 オニキス様は頬にキスをしようとしてちょっと躊躇して、かわりに頬を寄せた。


 ***


 リクエスト通り今日は朝から研究室の厨房に来ていた。念のためメイド服を着ている。


 こうしていると春休みのようでケヴィンがいない研究室でお菓子を作っている自分がなんだか不思議だった。


 マルティンは案の定ゲルタにこってりとお説教をくらったようで今日はまだ私の前には姿を見せない。


 オニキス様はオブシディアンと遠乗りに出ているようだった。私の事はどう言っているのかわからないけれど、朝は顔合わせや挨拶もなかった。


 オニキス様に言わせるとオブシディアンは弟なのにオニキス様の上位互換らしいので、ちょっぴり会ってみたい気持ちはあった。会ってみたいというか、見てみたい。好きにならない自信は、もちろんある。


 気がかりなことがあるとお菓子作りがおろそかになってしまうので、夕べのことはなるべく思い出さないようにしてパイ生地を作った。


 今日のフィリングには西洋スモモを使う。夏の終わりを告げる果物でミラベルというのだと厨房で教えてもらった。梅よりも一回り小さい果実を半分に割り種を取る単純作業を続けていると、どうしてもオニキス様のことを考えてしまう。


 いつもだと、朝起きるとオニキス様の方が先に目覚めて私の方を見ていることが多いのに今朝は私が先に起きてオニキス様の寝顔を見ていた。

 ちょっといたずらをしちゃおうかなと思ったとたんにオニキス様の目がバチっと開いてとても驚かされたけど。


 処理を終えたスモモ(ミラベル)アーモンドクリーム(クレームダマンド)の上に並べて余熱したオーブンに入れ、一息つくと勝手口の扉が開いた。


「あっ」


「……マルティン。どうしたのですか?」


「リア様がこちらにいらっしゃるとは思わなくて。てっきり厨房でお菓子を作らせているのだと……。昨晩は大変失礼いたしました」


「き、気になさらないで」


 ……お願いだからその話を蒸し返すのはやめて欲しい。恥ずかしさを顔に出さないようにするのが精いっぱいで碌に返事もできない。


「オブシディアン様とオニキス様がこちらにいらっしゃるのでお茶の用意をしようと思ったのですが」


「こちらに? でしたら私はここにいないほうがいいですよね。でも…」


 いまここを出てもタイミングによってはオブシディアンと鉢合わせしてしまいそうだ。ひとまず厨房から出ずに作業を続けることにした。


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