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53.兄弟

 

 ひどく喉が渇いていた。


 すぐ戻ると言ってたオニキス様はいっこうに戻ってくる気配がない。寝具の中とはいえ上半身に何も身に着けていないこの姿でじっと待っているのはひどく心許なかった。


 ちょっとお水を飲みに行く間だけ、と自分に言い訳をしてオニキス様の脱いだ夜着の上を身に着ける。


「ふふ。彼シャツ」


 誰も見ていないのをいいことについ調子に乗ってしまう。まあ、今この館を訪れている来客とやらのことを考えるのが怖い現実逃避もあるのだけれど。


 今日はいろいろなことがありすぎた。疲れているからすぐ眠れそうなのに気になることが多くて目が冴えている。


 私の推測が正しければ、オニキス様は自分の()()を私に誓うために私に婚約魔術をかけさせたのだ、と思う。男の人のそれを純潔と呼ぶのかどうかはよくわからないけれど。


 確証はないけれどもしそうだったらなんだか嬉しい。大きなベッドの上を一人でごろごろと転がっていると、オニキス様の私室側のドアがおもむろに開いて、目をまるくしてこちらをみているオニキス様と目があってしまった。


「……私の夜着を着ていたのか」


「あっ、これは、だってオニキス様が私のドレスを持って行っちゃったので」


「そうだったな。マルティンに自分が何をしたのかわからせる必要があったからな」


「わからせる?」


「明日、マルティンがあの寝巻をゲルタに渡せば、彼女からこってり説教を喰らうことだろう」


 そう笑いながらオニキス様もベッドにはいる。だいぶ眠そうだった。オニキス様の瞳からは完全に熱は去っていた。


「おいで」と手を広げて私を呼び、いつものように腕枕で眠る体勢になる。オニキス様が深いため息をついて私を抱きしめる。


「とはいえ、オブシディアンの相手はマルティンには荷が重いか……」


 オブシディアン、確かオニキス様の弟だとクリスティアーネから聞いた覚えがある。名前の感じからすると攻略対象に思える。この名前は完全に記憶になかった。


「さっき、いらしたのがオブシディアン様なのですか?」


「ああ……」


 上の空のような感じでそう返事をして抱きしめる腕がちょっと強くなった。自分から言い出した名前なのに、説明はしたくないことなんだとわかる。でもモモカではなかったことが分かっただけでいい。


「明日は、私のためにまた菓子を作ってくれないか」


「いいですよ。またメイドの服でも着ましょうか?」


 ふざけて言ったつもりだったけど、思いがけずオニキス様が真顔になって私を見る。


「ああ、助かる」


 助かる? どういうことだろう。


 私が自分で最後にメイド服を着たのはモモカに私の存在を知られたくないからだった。モモカに存在を気付かれないようにメイドの振りをして身を隠した。


 ……そっか。オニキス様は私の存在を身内であるオブシディアンには知られたくないんだ。貴族にはあるまじき髪の短い娘。そもそも貴族でもない平民の私。


 それはもう気にしないようにしていたつもりだったけど、気が付けば唇をかみしめていた。こぼれそうになる涙をこらえる。泣き顔に気付かれないように無理やりオニキス様の胸に顔をうずめる。


「リア?」


 そんな私の態度をオニキス様は違うふうに理解したみたいだった。私の背中に回された手がそっと背筋を撫で上げる。耳への口づけは私のスイッチを入れる合図だった。


「さっきは途中にしてしまったからな」


 誤解をそのままにして流される方がいいか、泣いている理由を問われた方がましなのか迷っている間に、シャツの裾からするりと細く冷たい指先が滑り込んで胸を(まさぐ)る。


 熱を持たないオニキス様の指がどのように動くのかを頭の隅で冷静に追っている。声を上げない私をオニキス様が不思議そうに伺う。


「……泣いているのか?」


「ちがいます、これは」


 オニキス様には隠し事ができない。反らした私の顔を無理に正面を向かせる。噛みしめ過ぎて血の味がにじんだ唇を唇で拭うようにキスをされる。


「いやっ」


 この卑屈で惨めな気持ちを知られたくなかった。けれどオニキス様の腕のなかからは逃れられず痛いくらい抱きしめられた。


「済まない、リア。そうではないんだ。君を弟に合わせたくない理由は」


「 …… 」


 じっと見つめるとオニキス様がバツが悪そうな顔をする。


「オブシディアンは、私より年齢も君に近いし、社交にも長けている。酒も強い。話をすればきっと君とは気が合うだろう。それに」


「それに?」


「君の『大好きなオニキス様』と同じ顔をしている」


「……っ!」


 まさか、このタイミングでオニキス様がこんな冗談を言うと思わなかった。こらえきれずに吹きだしてしまった。


 オニキス様が安心したように腕の力を緩める。


「私の覚悟は伝わっていなかったか」


「オニキス様の純潔を私にささげて下さるということですか?」


 オニキス様は何も言わないでふわりと笑った。


「君をだまし討ちで縛る意図はなかったのだが、オブシディアンには良い牽制になってしまった」


「さっきからよくわからないのですが、どうしてオブシディアン様が私に興味をもつ前提なのですか?」


 オニキス様が目を伏せる。言いたくないことがありそうだ。


「……君の、夢の世界というのは精霊の愛し子が召喚される前に存在していた世界と同じなのだろう?」


「……おそらく」


 なぜ、いまその話が?


「君は精霊の愛し子と対になる存在だ」


 いつか学園の図書館で見つけた絵本を思い出していた。モモカが愛し子ならば、私は、忌み子ということになるはずだけれど……




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