5.交渉
「ユーリアちゃん、本当に済まなかった。この計画を立てたときは、例の髪切り事件の被害者本人だとは思わなくて……」
滞在用の部屋に案内されるや否やカーネリアンが平謝りをしてきた。こんな時でも「ちゃん」付けには戸惑うが、ゲームでもヒロインをちゃん付けしていたなと思い出す。
通された部屋は男爵邸の私の部屋が4つは入るほどの広さでさらにそれが二つ続き部屋になっている。手前の部屋はこういった応接用で、奥の部屋は寝室を含めたプライベートの空間として利用するつくりだ。
リーゼはジェイドに連れられて別のフロアの部屋をあてがわれているようだ。このサイズの部屋がいくつもあるだなんて、どれだけ広い館なのだろう。
「だいたいの事情は察しましたので謝罪は不要です。それよりも、ジェイド様たちの思惑と私の利は一致すると思いますので、お願いをさせていただいても?」
「ユーリアちゃんのメリットって?」
私はここで、更に自分に有利になるように、ウイッグを外してみせた。耳の下あたりまで切られた短い髪は、案の定カーネリアンのメンタルにダメージを与えたようだ。同情を引くようなやりかたはあまり好きではないけれど私もこれからの人生がかかっている。
王国最強の「緋色の獅子」が、まるで茶トラの猫のようにシュンとしている。ちょっとかわいいと思ってしまった。
「おそらくですが、私とリーゼがここに呼ばれたのは、オニキス様の婚約者候補としてふさわしいかを見極める目的ですわよね。ちょうど私たちは二人とも黒い髪をしているので、この館にとどまらせる口実に、卒業舞踏会での髪切り事件を利用した、といったところでしょうか?」
「そうだ。ただ、オニキスはこの話には関与していない。学園の東にある教会でアンデッドが大量発生した件で救援要請がでて、オニキスが呼び出されたのは本当だ」
学園内の教会でのアンデッド発生は、たしかハロウィンパーティーまでにヒロインが第一王子との好感度を一定まであげない場合に発生するイベントだ。このイベントを発生させると、学園の魔法教師のスターリングが攻略対象に追加される。
――スターリング・ズィルバーフェルト。テーマカラーは銀。
銀色の長髪とモノクルが特徴的なビジュアルで、基本的に穏やかだけれど、なぜか成績のいい女子に異様にスパルタな面を発揮する。私が毎朝魔法の鍛錬をするようになったのもそもそもはスターリングに言われてからだったのを思い出した。
「学園で発生したアンデッドだったら、光属性のスターリング先生で対処できるのではないのですか? なぜ宮廷魔術師のオニキス様が呼び出されるのでしょう? まさかスターリング先生では対処できないほどの重大事故が発生したのですか……?」
カーネリアンはすこし考えてから、私の耳のすこし下、髪が切られているあたりに視線を彷徨わせたあと、諦めたように首を振った。
「いや、オニキスの婚約者候補の見定めをしたいと言い出したのは、スターリングなんだ。……だから、教会地下の封印を解いて、スターリング一人では対応しきれないほどのアンデッドが発生したことにして、オニキスが出動するように仕組んだ」
「は?」
攻略対象の絡み方が無茶苦茶すぎる。さすがは乙女ゲーといいたいところだけれど、そもそも私はヒロインでもなんでもないのに。
そういえばヒロインはどうしたのだろうか。結局、第一王子と結ばれたのだろうか。あれだけ楽しみにしていた卒業舞踏会での婚約破棄イベントをすっかり忘れてしまっていた。あとで調べてみなくては。なんだか番狂わせが発生している予感がする。
「スターリングはオニキスの叔父で後見人なんだ。幼少時のオニキスの魔法の指導者でもある。結婚相手もスターリングの意向がかなり左右される」
イケおじ――といっても30代だけど――としてある種の層に人気のあったスターリングと「パッケージ裏の君」ことオニキス様にそんな裏設定があったとは。
「なるほど。それで男爵令嬢ごときににオニキス様の伴侶がつとまるかどうかを見定めようと、アンデッドを発生させてまでこの状況を作ったと、そういうことになりますか?」
「いやあ、ユーリアちゃんについては問題にしてなかったんだ。なにしろスターリングの出した条件は髪の色が黒に近いことと、学園での魔法学の成績がA以上だったから。ユーリアちゃんはSだったろう?」
「……はい」
そう。私にできることは勉強しかなかった。成績が上がってもお義母様には逆に疎まれ、リーゼの劣等感を刺激するだけだったし、学園内で成績が良くても爵位の差は歴然としてあった。それでも努力だけは私を裏切らないと信じていた。
「だけど舞踏会のあと急にブライトナー家から嫁にだすのはリーゼちゃんだって言われてね。リーゼちゃんは座学の成績はAだったけど、実技は未履修だから」
結婚相手を選ぶときには、属性強化のために髪の色を合わせるパターンと、属性の多様性のために子供に欲しい属性の髪色の相手を選ぶパターンがある。筆頭宮廷魔術師の結婚相手なのだから学園の成績くらいは優秀であるべきだろう、ということであれば私が候補にあがったのもいちおう納得はいく。
「まあ、でも私の髪がこのような有様になってしまいましたからね……」
うっと言葉をつまらせて、またカーネリアンが俯いてしまった。
しかしスターリングの話とカーネリアンのこの様子だと私の髪を切ったのがリーゼということは分かっていないのかもしれない。暴漢にでも襲われたと思っているのだろうか。リーゼの仕業だと告げ口するのは簡単だけれど……
「私自身はオニキス様とは一度もお会いしたことがありませんし、この髪では実技Sの魔力ももう望めませんし、諦めはついているのです。ただ、このまま家に帰れば父親よりも年かさの平民を婿にとらされることになるでしょう」
「そうなのか……」
「それくらいならば、どこか高位の貴族の館で使用人として働けたらと思っていた矢先、こちらに招かれました。失礼ながらこちらの館には使用人が足りてないように見受けられます。もちろん、私がどの程度働けるかを見極めていただいてからでかまいません。ですから……」
私の望みはわかりますよね、とカーネリアンを見つめると、カーネリアンも納得したようにうなずいた。
「わかった。スターリングと、グラウヴァインの執事には話は通しておく」
さて、私は理想のホワイト職場を手にいれられるのかしら。