49.庭園での再会
彫像の男性はオニキス様によく似ていたけれど、オニキス様ではないように思えた。年齢も上にみえるし、決定的なのは精悍すぎるのだ。親戚とかご先祖様とかそういう類の関係性にみえる。
そういえば別荘でクリスティアーネからオニキス様には兄弟がいると聞いた。オニキス様に似ているんだろうか?
ここを探せばオニキス様のことが何かわかるかもしれない。でも、それはフェアではないような気もしていた。オニキス様があえて語らないことを私が調べて回るメリットってあるだろうか?
ぐるりと周囲を見回すとさらに先には城のような建物が見えた。入り口が消えてしまった以上とりあえず進むしかない。
それにしてもこの庭園の荒廃ぶりはいったいどうしたことだろう。
……荒廃というよりは何もかもが死んでいるように見える。ケルベロスから連想される「死者の国」とか「冥府」のような単語が頭を過ぎる。
出口を探すべきか、城に入るべきか迷いながら庭園を歩いていると、グレーとセピア色で構築されたこの世界には場違いなピンク色をみつけて心臓が止まりそうになる。
隠れようと思った時には向こうにも気付かれていた。
「どうして……リーゼ様のお姉様がここに?」
「お久しぶりです。……召喚獣を育成していたら迷い込んでしまいました」
ここは正直に話しておく。
「まあ、そうなんですか……。あの、私今とても大事なイベ……探し物をしていて、できればこの庭園には立ち入って欲しくないんですけど」
「それは……失礼しました。出口がわかりしだい退出させていただきます」
リーゼのことを聞いてみようかどうか迷う。モモカは私とクリスティアーネがリーゼを拉致監禁したと誤解したままだろうか?
「……このイベントのフラグ、がんばって私が立てたんです。だから……、あとで豆大福でもきんつばでも沢山ごちそうしますので、このエリアからは今すぐ出て行ってもらえませんか?」
「フラグ?」
モモカの言っていることがなかなか頭に入ってこない。ここは確かにゲームの世界だけれど、フラグを立てるとイベントが起きるような世界だとはもう思えなくなっている。ヒロインのモモカにとってはいまだにゲームのような世界なのだろうか。
考え込んでしまったのを拒絶だと受け取ったのか、急にモモカの態度が刺々しいものになる。
「……あの! 私、オニキス様のことが好きなんです。お願いですから元婚約者だからって邪魔をしないでください。……あなたよりも私の方が絶対にオニキス様を幸せにできます……!」
「……」
あまりにも直球に懇願されて言葉を失う。
「精霊の愛し子である私と愛を交わした男性は、精霊王からの加護が得られるのです。それは知ってますよね?」
「……ゲームの設定では、そうでしたね」
「この世界でも、です。オニキス様の幸せを考えたら、普通は身を引きませんか?」
「それはオニキス様が決めることでしょう?」
オニキス様には権力欲や名誉欲がまったくない。筆頭宮廷魔術師の肩書だって欲して得たものではないだろう。
それに、いつか、オニキス様が言っていた防衛に必要なのは気まぐれな加護ではなく確実な魔力なのだという言葉を思い出していた。
それでも、今の私にはオニキス様に好きなだけ引きこもって研究をさせてあげられるだけの甲斐性はない。その現実には思いのほか打ちのめされてしまう。
「私、絶対に負けません。私が、ゲームのヒロインなことはもちろん知っていますよね?」
「ここはもうゲームの世界ではないでしょう?」
「とにかく! 出口だったら東に真っ直ぐ進めば脱出の転移陣がありますから、迷い込んだだけならもう立ち去ってください」
思うところはあったけれど、このまま話していてもどうにもならないだろう。モモカの言う通り迷い込んだだけだったので、一旦この場は離れよう。
「お邪魔をしてすみませんでした。道案内をありがとう。ごきげんよう、愛し子様」
モモカの真っ直ぐな視線と挑みかかるような桃色のオーラから逃げ出すように私は庭園を後にした。
言われた通り東の転移陣から外に出ることができた。ペガサスを召喚して館に戻る。
「オニキス様は今晩はお戻りにならないそうです」
ゲルタに言われて一人で食事を済ませベッドに入る。巨大なベッドが不安な気持ちを増幅する。思えば、この部屋のこの広いベッドに一人で眠る夜は初めてだった。
いままでは、ほとんどの夜は一人で過ごしていたのに、たった一晩オニキス様がいないだけでもう寂しい。自分はいつからこんなに弱くなってしまったのかと情けない気持ちのまま眠りについた。
***
足元にひやりとした感触を覚えて目を醒ました。目を開けてもまだ周囲は暗い。
「すまん、起こしてしまったか」
オニキス様がいつの間にか隣にいた。
「今日は戻れないって」
「ああ。……あの家に私がいると母親の精神状態が安定しなくてな……」
オニキス様がこの別邸で過ごしていた理由はやはり母親絡みだった。幼いころには魔力制御もできていなかったというから、息子に心を読まれて病んでいく母親の姿が易々と想像が出来た。
オニキス様の方も精神的にだいぶ疲れているようだった。いつもよりすこし幼く見える頭を抱き寄せる。されるがままに私の胸に顔をうずめる。
嗚咽こそ漏らしていないものの、泣いているような気がしてしまった。
私はヒロインでもないし精霊の愛し子でもない。それでも、オニキス様を幸せにするのは私でありたい。
今はまだどうすればいいのかはわからないけれど。