48.ミントと恋人の概念3
「オニキス様の髪の触り心地、素敵です」
ベッドの上でのポジション取り勝負に勝った私はオニキス様に膝枕をしてもらって私に落ちかかる漆黒の髪のさらさらとした感触を堪能していた。
「魔術師の髪をそんな風に触るなどと恋人でなければ許されないな」
「そうなんですか?」
「この髪を奪われれば宮廷魔術師を首になってしまう。ま、それも悪くはないが」
「そんな冗談をケヴィンに聞かれたら叱られてしまいますよ」
「そうだな」
笑いながら、ようやく襟足に届くくらいまで伸びた私の髪を指にくるくると巻き付けては弄んでいた。
オニキス様はさっきから大分眠そうにときどき小さくあくびをしている。ケヴィンが館をはなれてから、監視がゆるくなったようで、毎晩夜更かしをして研究をしているようだ。
「ケヴィンがいない間は私がしっかり監視しますから、ちゃんと一緒にベッドに入って下さいね」
ん? なんか意味深な言い回しになってしまった。
「うん? それはだいぶ大胆なお願いだな」
「ねえ。私も自分で口に出してびっくりしちゃいました」
一緒にクスクス笑った後、ふいにオニキス様が真面目な顔になった。
「明日から本邸に戻る。すぐに戻ってくる予定だが少し延びるかもしれない」
オニキス様がグラウヴァインの本家に戻るなんて、知り合ってから初めてかもしれない。何があるのか聞いてみたいけれど、何も言ってはくれない。問い詰めようとは思わなかったけれど、やはり目は問うてしまう。
オニキス様は私の視線を逃れるように目を反らした後、私を抱き起すとそのまま左腿をまたいで座るような姿勢をとらせる。それはとても唐突で、本邸に戻る件はよっぽど追及されたくないんだと思ってしまった。
でも……
「オニキス様、この姿勢、ちょっと恥ずかしい……です」
私の抗議を黙らせるようにキスをされる。
とてもとても長く甘い、私のスイッチを入れるための口づけだった。
「ん…………っ……オニキス……さま……」
耳に触れながら髪をなんども掻き上げられてぞわりとした快感に首をすくめる。
「……リア、かわいいよ」
耳元でささやかれて、すでに開けていられなくなった目をさらにギュッとつむる。力がぬけてしまって、オニキス様の肩に頭をあずける。
髪に触れていない方のオニキス様の手がゆっくりと腰を撫で上げる。別荘ではためらいながら触れたふくらみに、ナイトドレスの滑らかな肌触りを教え込ませるように掌全体を押し付け揉み拉く。
ビスチェ越しに触れられるのとは全く違った衝撃に、お腹の奥が甘く疼く。
この前、私の弱いところは全て調べ尽くされてしまっている。ビスチェの武装がない今日はもう抗う術がなかった。
我慢をしても声が漏れてしまう。
オニキス様の口から思いがけず漏れたためいきが優しく耳をくすぐる。
けれども、姿勢のせいでオニキス様のスイッチは入っていない事が私にはよくわかってしまう。
「オニキス様、ずるい……」
「ん……」
私の抗議はかるくいなされて、かわりにお仕置きのように私の足の間の左腿をぐりぐりと動かされる。
「やっ、だめ、これ……」
「そのかわいい声をもっと聞かせてくれ」
「んっ、んん……っ」
つぶった目の奥でチカチカとした光が弾ける。息が上がる。自分の鼓動がうるさい。
ゆっくりと息を吐く。けだるさに任せて力を抜くと休むことを許さないといった風にまた唇を吸われ舌を絡められる。
小さな快感を幾度となく与えられ、もう何も考えられなくなっていた。
「不在の間に私以外のことを考えられないくらい君をぐずぐずにしてしまいたい……」
オニキス様のささやきをひどく遠いところで聞いていた。
こんな風にされなくてももう私の頭はオニキス様でいっぱいなのに。
先ほどからオニキス様は執拗に私の襟足のあたりを撫で続けている。それは自らのスイッチを入れまいと懸命になっているようにも思えた。
……でも、なぜ?
***
グラウヴァインの本邸へ向かったオニキス様を見送ったあと、私は学園に来ていた。夏休みの間は中止していた召喚獣の育成を再開しようと思ったのだ。
まあ、それは半分で残りの半分は、何をしていても夕べのオニキス様を思い出してしまい、何も手につかなかったからだ。あの指を、唇を思い出すだけで胸の奥がギュッとなってしまう。
召喚獣の育成自体はもう楽なものだった。ヘルハウンドを5頭ずつ召喚してローテーションしていくだけでいい。だから、ぼんやりと探索を続けるうちに、まったく見覚えのないところまで入り込んでしまったことに気が付くのに随分時間がかかってしまった。
地下にいるはずなのに、石畳の先には場違いな庭園が広がっていた。黒い大理石のアーチが庭園の入り口を飾っている。かつて庭園に咲き誇っていたであろう薔薇は花の形を保ったまま枯れ果てていた。
中に入るべきか引き返すべきか。
すこし迷ったがヘルハウンドに追加してキティを召喚し恐る恐る大理石のアーチをくぐる。
体が完全に庭園内に入った瞬間、すべての召喚獣が消えた。あわてて引き返そうとしたが背後にあるはずのアーチも消えていた。
不思議と恐怖はなかった。奥に見える人の形をした彫像に引き寄せられるように足をすすめる。
彫像が従えているのは三つの頭を持つ犬。そして、彫像の左耳に下げられた細長い耳飾りには見覚えがあった。
……これ、オニキス様の攻略ルートだ。
直感的にそう思っていた。