47.ミントと恋人の概念2
「それで、恋人というのは?」
午後の薬草園で私は完全に追い詰められていた。察しのいいオニキス様のことだから絶対にもう恋人の意味なんか理解してるくせに私の口から言わせようとしている。
「……私の気持ちはこの前お伝えした通りなのですが……」
「君はクリスティアーネ様には大好きだと言って彼女を赤面させたそうだな?」
「――っ、なんでそれ知ってるんですか?」
オニキス様は「さあな」と笑って私の薬指の付け根を爪で引っ掛けるようにしてくすぐる。
「クリスティアーネと君との関係は恋人同士とは言わないのだろう?」
「……はい」
「一体何が違うのだろうな?」
楽し気にそう言って私の薬指をくすぐるように撫で上げる。
「んっ」
「くすぐったい?」
「んん……くすぐったいっていうか……」
「感じる?」
「――オニキス様!?」
そんな語彙オニキス様にあったのかと耳を疑ってしまうけれど、これ、なんとなく私の思考を読まれた気がする……
「恋人に触れられているから?」
「……当たり前じゃないですか」
「ん? 私には大好きとは言ってくれないのに?」
ようやく手を離してくれたオニキス様が私の額にキスをする。なんとなく私もオニキス様の額にキスを返す。同じように頬にもキスを贈り合う。唇にキスをしては離して目があえばまたキスをする。また離してクスクス笑って今度はちょっとだけ舌で唇に触れる。カラメルに似たラムの甘さとミントの香りを交換する。
あいさつのそれでもなく、肌を重ねるための準備としてのそれでもなく、ただただお互いに愛おしさを確認するようなそんな口づけだった。
「オニキス様……大好き……」
感極まってそう呟いた私を優しく抱きしめてくれる。
「――そういえば、昔ここで君に怪我をさせてしまったな」
「えっ?」
初めて薬草園に来た時に転んだんだった。あの足になにか絡みついた感覚はオニキス様の魔法だったのか。
「君はわんわん泣いていたのにお菓子と聞いてピタッと泣き止んでいたな」
「あ、あれは……」
「まさか、菓子ではなく酒に詳しいとは思わなかった……。傷はもう痛まないか? 痕は残っていないか?」
そういえばどうだっただろうと自分で確認しようと思ったけれど、ドレスの裾は長い上にその下には靴下まで履いている。
「もちろん、もう痛くはないんですけれど痕はどうだったでしょうか。夜、湯あみのときに確認してみますね」
「ああ。だいぶ痛がっていたからずっと気になっていた」
***
「膝の傷を見てもいいか?」
うっすら痕があるだけでほとんど目立たない、と告げたのにオニキス様はたいそう気にして傷を確認したいと言う。
この世界のマナーやエチケットにはあまり詳しくないんだけれど、膝を殿方に見せるのっていいんだっけ?
ベッドに腰かけて、ナイトドレスの裾をすこし引き上げて膝を見えるようにする。オニキス様は床に立膝になって膝の傷のあたりをまじまじと見ている。
「ほとんどわからないでしょう?」
「そうだな。安心した」
オニキス様がほっとしたように笑って私を見上げる。
「結婚もしていない君の体に傷をつけるわけにはいかないからな」
その物言いになんだかひっかかるものを感じたけれど、オニキス様が傷跡に唇を寄せたので考えていた事が吹っ飛んでしまった。
「オニキス様、もう大丈夫ですから、あの」
このままなし崩しにそうなってしまうのかなと思ってしまったけれど、紳士のオニキス様はスカートの裾をちゃんと直して膝を隠してくれる。
「本当は殿方に膝を見せてはダメなんですよね?」
「そうだな『憧れの先輩』にも決して膝から上は見せないように」
オニキス様の口からでた「先輩」の言葉に驚く私を下から見上げて目を細める。私の左足のつま先をそっと持ち上げて甲にやわらかく唇を寄せる。
びくっと反応した私をちらりと見て、表情を変えずにスカートの裾に美しい手を滑り込ませる。膝の裏を指でなでられて思わず声が漏れる。
「オニキス様?」
繊細な指が腿を滑って上へ移動していく。
このまま流されてしまいたいけれど、オニキス様のこの行動の動機が知りたい。本当に先輩への嫉妬なのか、先輩という単語を口にしてうろたえた私をからかいたいのか。
そんなことをモヤモヤと考えていると案の定オニキス様が笑い出してしまった。
「もう少し動揺してくれると楽しいのだが」
「だってオニキス様、本気じゃなかったでしょう?」
「いや?」
私たちはいつもお互いのスイッチを入れるタイミングを探している。でもなんとなくかみ合わない。
「私のこの短い髪がダメなんですよね、たぶん。こんなことなら、クリスティアーネ様にお願いしてあの髪を譲ってもらえばよかった……」
「いや、いくら私でもオベルハスリの毛を撫でる趣味はないからな」
あのエクステはなんとヤギ科の動物の毛だったようだ。
「ヤギ……。でもカシミヤの手触りは素敵ですよね」
オニキス様は「そうだな」と笑いながらいつものように私を抱き上げるとフラットシーツとシーツの間に押し込んだ。
「君の素敵な手触りを楽しんでも?」