44.上手なこと下手なこと3
結論から言ってしまうと、私はビスチェを(もちろんペチコートもその下も)脱がされないまま4回もそういう風になってしまった。もちろん本当にそういうことをした時のめくるめくようなそれとは全然ちがうのだろうけれど。
そんな私を「ミルクをたっぷりもらった後の子猫みたいな顔をしている」とオニキス様は笑っていた。体も頭の中もふにゃふにゃとして満たされていて、このまま眠ってしまいそうな、でもそれももったいないような心地よい酩酊の中にいた。
***
オニキス様は私の体に耽溺しているというよりは、どこをどう撫でれば私のからだがふるえるのか、意図しない声が上がるのか、そんな探索を愉しんでいるように思えた。
時折、頬にキスをしたり背中を唇でなであげる。それは私への愛おしさが極まってという風でもなく、さりとてテクニックとしてでもなく、こちらも「実験」とか「調査」のような二文字が頭に浮かんでしまう。
ただ、それが不思議と嫌ではなく、いかにもオニキス様らしいと愛おしさすら覚える。だから私は完璧に魔力を制御しながら物理的に与えられる快楽だけを上手に享受することができてしまっていた。
結果としてそれがオニキス様のある種の衝動を煽り、何回もそういう風にされてしまったということにはなる。
「オニキス様……わたし、もう…………」
「大丈夫だから、声を我慢しないでごらん」
そんな風にしてオニキス様は私のからだに無数にあるスイッチの場所を記憶してゆく。本当は私だってどうすればオニキス様の感情にスイッチを入れることができるのか知りたいのに。
それは、こういうことについてだけではない。オニキス様はいつも穏やかでめったなことでは感情を表にださない。研究以外のことでは恐ろしいほど何にも執着をしない。
……だから、さっきのアダマントへの嫉妬には違和感しかなかった。
常に壁というほどではない薄い膜を張られているような隔絶感があった。ちょうどこの天蓋の紗のベールのように。
それはもしかすると小さいころに他人の感情を読めてしまっていたことに起因するのかもしれない。本邸から隔絶された人気のない館。管理する女主人の不在。家族に対する執着のなさ。いつか寂しげな表情を見せた蛙の王子の物語。私に魔力の制御を身に着けさせようとお菓子を作らせていた日々。
「モモカ様には魔力がないでしょう?」
「うん?」
「私より先に出会っていたのがモモカ様だったら……」
……ああ、我ながらうっとおしい質問をしてしまった。それでも、魔力の制御が上手いというだけの私よりも、魔力が完全にないモモカのほうが、オニキス様の側にいるにはふさわしいのではないか、という不安はずっと頭にあった。
「そもそも、君の妹や母親が余計な事をしなければ先に出会っていたのも君だったはずだが」
「確かに、そうでした。……じゃなくて」
魔力を――感情をオニキス様に読まれないことが重要だったなら、それはモモカでもよかったはずなのだ。
「これを言うと、君を怒らせてしまうかもしれないが、結婚相手などスターリングが勝手に選んでくるものだと思っていたし、研究の邪魔をせず大人しく過ごしてくれる娘ならば誰でもよかった」
たしかに、オニキス様は卒業記念舞踏会でエスコートしたリーゼをそのまま結婚相手だと認識していた。それも、あまり興味もない様子で。なんのトラブルもなく私がその座に収まっていたとして「研究の邪魔をしない娘」として認識されただけだったのではないだろうか。
「……もし、スターリングが連れて来たのがモモカ殿であれば、そのまま結婚相手として認識をしていた可能性はあるのだが……。魔力がない娘など平民にはいくらでも存在するし、スターリングは一族のなかでも殊の外精霊を嫌っているからな」
「そうなんですか?」
「グラウヴァインが代々、王国の盾を担っていることは知っているな? 防衛において重要なのは、気まぐれにもたらされる強大な精霊頼みの加護ではなく、確実に発動され、威力や持続時間が計算できる魔力だ、ということは想像できるだろうか?」
「はい……」
「精霊の加護はあるに越したことはないという価値観の者もいるが、スターリングは加護などはむしろ邪魔だと考えているようだ」
「言われてみれば、努力をあれほど評価するスターリング先生らしいです。……でも、その、オニキス様は……」
「……君が、私の元で懸命に魔力を抑える鍛錬をしたり、工夫を凝らした菓子を作って来てくれるのを好ましいと思っていた。制御ができなくて漏れてしまう感情はいつも私への好意に溢れていて、くるくると変わる表情をみれば何を考えているのかすぐわかって」
そこでなぜかオニキス様は私の視線をはずすように、ふいと横を向いてしまった。
「焦がれてもどうにもならない平民の子供だと思っていた君が、実は婚約者だったと聞いてどれほど嬉しかったか、君に想像がつくだろうか……」