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42.上手なこと下手なこと

 

「アダマント様は問題なかったか?」


 ナイフとフォークを使って骨を上手に取り外しながらオニキス様が口を開いた。

 今日の夕食のメインは(きじ)のローストにバターでソテーしたぶどうのソースを添えた一皿だ。私はと言えば骨に当たらない部分の肉をなんとか削ろうと試みてはいるけれどナイフが上手く入らない。


 ダイニングではなく部屋での食事にしてもらってよかった。


 キメラの脅しが効いたのか、オニキス様に対する罪滅ぼしなのかわからないけれど、二人で食事をというアダマントの配慮だった。


「はい。アダマント様が狩りに行きたいとおっしゃったのですが、クレメンティーネ様が(なだ)めてくださって」


「キティを使って脅したと聞いたぞ」


 クッと笑いながらオニキス様が私の皿を手元に寄せて骨を外してくれる。


「脅したなんて……だって、アダマント様が見せろというから召喚したんですよ」


 食べやすくなった肉を一口大に切って口に運ぶと、パリッと仕上がった皮は香ばしく、野趣あふれる噛み応えのある赤身にバターのコクとぶどうの甘みが複雑に絡み合う。これがジビエというものだろうか?


「そういえば、クレメンティーネ様がピンクの指輪で召喚したときの詠唱が、私が教えてもらった詠唱と随分違った気がしたのですが……? 『冥府』とか『地獄』みたいな不穏なワードがありませんでしたよね」


「ああ……。グラウヴァインの召喚術は系統が異なるからな。あの指輪で召喚を試してみたが何も起こらなかった」


「そうなのですね……。私も試してみればよかった」


「帰ったらまた何か作ってやろう。材料は嫌というほど集まったからな」


「ありがとうございます。……だってドレスだとオニキス様に脱がされちゃいますものね?」


 からかうつもりでそう言ったのにオニキス様にスルーされてしまった。何も聞こえなかったような様子で優雅にフォークを口に運ぶ。昨日は飲まされすぎていたようだったので、今日はお酒ではなく炭酸水を添えてもらっていた。ジャグに浮かぶスライスされた2種類の柑橘が目に美しい。


「雉って初めて食べたのですけれど、こんなにおいしいとは思いませんでした」


「ああ。葡萄も少し季節が早い気もしたが悪くなかった。デザートを食べるのならば人を呼ぶが」


「もうお腹一杯なのでデザートはパスします」


 それでは茶をいれよう、とオニキス様が立ち上がり、一式が揃ったワゴンのところに行く。慣れた手つきで茶葉をすくい、お湯の温度を確かめる。一連の所作が美しくて見とれてしまう。


「オニキス様がお茶を淹れるところを見るの初めてです」


「ああ、館にはケヴィンがいるからな。あれと比べられてしまうと(つたな)いが……」


 ちょっと照れた様子でそんなことを言いつつワゴンをローテーブルに寄せる。ソファに移動すると、ソーサーに載せた口の広いカップを渡してくれる。


「美味しい……。ケヴィンの淹れてくれるお茶くらい美味しいです。オニキス様ってなんでもできるんですね。……雉から骨を取るのも上手だし」


「君が下手すぎるんだ。マルガに叱られるぞ」


 そんなことをいいながらそっと頬に触れる。熱いお茶を飲んでいるのにオニキス様の指先はひんやりしている。目をつむると当然のように唇が重ねられた。多幸感という言葉では言い表せないほどの満たされた気持ちが体中を巡る。


「……キスも、上手ですし?」


 私がそう冗談でいうとため息をついたオニキス様が左の頬をつねる。


「さっきから、君は私をどうしたいんだ……」


「さっき……?」


「ドレスを脱がすなどと……」


「その話は昨日オニキス様がしたのではないですか……だから……」


 なんだかオニキス様がちょっと怒った顔をしているのでしどろもどろになってしまう。


「女性がドレスを脱がせてほしいというのは求愛の言葉だ」


 脱がせてほしいとは言ってないんだけど、大筋ではそうなるか……。

 オニキス様は求愛と言葉を濁したけれど、まあ、かなり積極的な閨への誘いの言葉なのだろう。


「ごめんなさい」


「他の男の前では間違ってもこんな軽口はきかないように」


「オニキス様以外には言うわけないじゃないですか。……そもそも他の男の方と接触する機会もないですし」


 オニキス様が眉根を寄せて珍しく不快感を(あら)わにした顔を見せる。


「……アダマント様のためにわざわざ髪を結ったと聞いたが?」


「あ……この髪は王族の前に出るのに不敬にならないようにとクリスティアーネ様が配慮してくださったのです……」


 いや、きっかけはそうだったけれど、学生時代のアダマントへの憧れのようなものがゼロだったわけではない。でもそんなのアダマント本人に会って完全に幻滅してしまったし。


「……学生時代の子供っぽい憧れみたいなものですよ?」


「リアの、私への気持ちだって、所詮(しょせん)、子供っぽい好意にすぎないのだろう? ……あるいは刷り込みか……」


 皮肉めいた顔でそんなことをいうオニキス様をみて、私の中で何かが弾けた。私のこの本気の恋心を子供の好意にすり替え続けてきたのはオニキス様の方なのに。


 悔しくて涙があふれてくる。


「オニキス様が、それを私に言うんですか……?」


 オニキス様が虚を突かれたような顔で私を見る。

 気が付いたらオニキス様をソファに押し倒していた。


「なっ……、リア?」


 頬を伝った涙のしずくがオニキス様の顔に落ちる。


「こんなに、好きなのに……」


「だが、それは……」


 オニキス様を黙らせるために強引に口づけをする。

 唇を舌で押し開いて口のなかを探るように舌を絡める。

 アダマントのことを気にする態度にはなぜかずっと違和感があった。


 ……やっぱり、あった。


 ()()を舌で絡めとり、唇を開放する。舌先のそれを指先にとった。ごくごく小さい桃色の結晶だった。さすがにオニキス様もあっけにとられている。


「オニキス様の精神にまで、干渉できるなんて……」


「あ、ああ……」


 放心したままのオニキス様の腕をひっぱって体を起こすのを手伝う。そのまま頭を胸に抱き寄せた。


「私を子供だって、そう思いたがっているのは、オニキス様じゃないですか……」


 オニキス様はそれには答えず「君はキスも下手だな」と小さく呟いた。


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