41.召喚獣のお披露目
結局リーゼはモモカが連れて帰ることで話は決着した。
「モモカ様、くれぐれもリーゼ様のことを頼む。決して一人でブライトナー家に帰したりしないように」
アダマントはそう念を押したけれど、おそらく緊迫感はモモカには伝わっていないだろう。
「はあい。もちろんです」
そう言いながら、テーブルのデザートボウルに入れられたフリーズドライのラズベリーを一つ口に入れる。
「わ! なにこれ、サクサクで酸っぱ~!」
続けて確認するように二つ三つと口に入れていく。
「これ、作ったの【日本人】の方じゃないですか」
他の皆が、知らない単語を聞いた時のようにポカンとした顔をしている中、慌てて顔を上げたあげた私を目を細めたモモカが見つめる。
「まあ! 夏休みが終わったらまた和菓子を差し入れにいきます。豆大福はおいしかったでしょう、いっぱいお話させてください、ね?」
にっこりとわらうモモカからはピンク色の靄が立ち上っているかのようにみえた。ねっとりとした甘い綿菓子にからめとられたようななんだか逃げられない空気を感じた。
***
リーゼを連れ帰るための支度ができるまでモモカが庭園を散歩したいと言い出し、アダマントがオニキス様の貸し出しを許可してしまった。
アダマントとしてはこれ以上クレメンティーネとモモカの接触をさせたくない思惑があり、クレメンティーネとしてもアダマントがモモカに魅了されるような状況は避けたい思いがあったようだ。
「そんな……! それではオニキス様を生贄にささげているようなものではないですか」
クリスティアーネが怒ってくれたけれど、オニキス様は「これも護衛任務です」と逆にクリスティアーネを宥める側に回っていた。
「リア、すまないが、私が不在の間のアダマント様の護衛を頼む。何かあれば躊躇なくキティを」
「わかりました。……アダマント様、失礼します」
私はと言えばなぜかオニキス様から代理の護衛を仰せつかってしまい、アダマントのまわりに防御陣を構築する。スカートの中の靴下止めにはこっそりキティの召喚スティックが忍ばせてある。
アダマントと姉妹二人は驚いていたけれど、反撃ができるかはともかく防御に特化すれば、私はなかなか優秀な方に入ると思う。最大の脅威であるモモカをオニキス様が連れ出してくれているのだし、まあ問題はないだろう。
「リア様もオニキス様も変わってますわね……」
「あら、スターリング先生だって同じ状況になったら、女でも子供でも構わず使うタイプだと思いますよ」
私がそう言ってからかうと、クリスティアーネが俄然やる気になって、クレメンティーネに防御魔法をかけると言い出す。
「お姉様のことは私におまかせください」
「リアも、クリスティアーネ様もご協力感謝する」
オニキス様がそう言って出ていくとアダマントがため息をつきながら椅子に腰を下ろした。
「この場は凌げたが、精霊の愛し子殿を根本的にどうすればいいのか全く思いつかない」
「あなたはどうせオニキス様に押し付ければいいやって思ってましたものね」
「いや、それは……」
「四年生のとき、私が学園でどんなに辛い思いをしていたか、あなたにはわからないでしょう!?」
めずらしくクレメンティーネが激高していた。
「い、今だっていつあなたが魅了されてしまうかと思ったら不安で不安でたまらなかった……」
「悪かった。だから、オニキスを差し出す以外の方法を考えようと……」
「その言葉、信じてよろしいのですね」
「ああ。だが方法が思いつかん……」
二人のやりとりを遠巻きに見ているとクリスティアーネがやってくる。
「リア様は、どうしてアダマント様にお怒りにならないの?」
「……身分差というか、貴族とはそういうものだと思っておりますし。それに、……それなのに、クリスティアーネ様とクレメンティーネ様が代わりに怒ってくださって」
「だって、そんなの当然ではありませんか」
「当然ではないです。私、怒りよりもなんだか嬉しさで胸がいっぱいになってしまって。クリスティアーネ様もクレメンティーネ様も、本当に大好きです」
「……なんだか、オニキス様がリア様のことになるとあんな風になってしまうのもわかりますわ。いつもこんな風にストレートに好意をぶつけられたら、どきどきしてしまいますもの」
感情を隠すのに長けているはずのクリスティアーネが赤くなってしまった。
「あっ、でも、オニキス様にこんな風に言ったことはないのですが」
「それはいけませんわ。……お姉様とアダマント様の喧嘩なんてほとんど言葉が足らないことが原因ですもの」
そういえばオニキス様と喧嘩になったことは一度もない。私が一方的に怒ることは多いけれど……。
名前を出されたことに気が付いたアダマントとクレメンティーネが私たちの方に向き直った。
「今、名を呼んだか?」
「アダマント様のことなど話しておりませんわ。リア様は私とお姉様のことが大好きなんですって」
「なんだそれは。それよりさっきオニキスが言い残していったキティとは何だ?」
「キティは私の召喚獣なのですが……」
「ちょっと召喚してみせろ」
室内をぐるりと見回す。ここでキティを召喚すれば調度や照明を壊してしまいそうだ。
「ここで呼び出すのは……。あ、テラスに出ていただいてもいいですか?」
訝しみながらもテラスに出ていく王子と姉妹の後ろをついていく。皆がこちらを見ていない隙に召喚スティックをスカートの下から素早く取り出す。
「召喚獣如きで何を大げさな」
「では召喚しますね」
召喚スティックをスイと振ると、テラスの先の中庭に軽自動車サイズのキメラが姿をあらわす。
「は!? ……それに、詠唱はどうした!?」
アダマントの驚いた顔が小気味いい。
「キティ! おいで」
呼ぶと、のすのすとこちらに寄ってくる。サイズは大きくなったけれどキティと名付けた頃のかわいらしさはそのままだ。
「オニキス様が不在の間は、私とこちらの召喚獣のキティがアダマント様の護衛を務めさせていただきます」
「わかった! リア嬢が護衛の素質が十分あるのはわかったから仕舞え!」
「アダマント様。お褒め頂きありがとうございます。……オニキス様の召喚獣はもっと素敵ですよ」
「……オニキスを犠牲にしない方法も真剣に検討する……」
にっこりと微笑む私とため息をつくアダマントを交互にみながらクリスティアーネが笑い転げていた。