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40.公私は混同するもの

 

 せっかくオニキス様もアダマントもいる機会だからと、この季節のいろいろな果実をフリーズドライにしたものをテーブルに並べ、皆で味見をしていた。

 製法についてクレメンティーネはもちろん報酬を出してくれるつもりだったけれど、アダマントも認めればさらに上乗せが見込めると入れ知恵をしてくれたのはオニキス様だった。ナイトドレスを高値で売りつけた手腕といい、意外と商売人気質なところがある。

 昨晩そう告げると研究開発のためにはいくらでも金はあったほうがいいからな、と笑っていた。


 ラズベリーやブラックベリーを乾燥させたものをそのまま食べたり紅茶に入れて試していた時のことだった。あくまでも優雅に、けれど若干の焦りを見せた男性の使用人がクレメンティーネの側仕えに何事かを言づけた。側仕えは表情を変えずにクレメンティーネに何事か耳打ちをする。


 ほんの一瞬だけ顔色を変えたクレメンティーネの様子をアダマントは見逃さなかった。


「すまん、少し退出する」


 アダマントの後をついていこうとする護衛騎士(オニキス)様を手で制して二人だけで席を立つ。廊下にでていってしまった二人を見送って私とクリスティアーネは顔を見合わせた。


「いったい、お姉様はどうしたのでしょう……」


「私、この不躾に空気を乱される感じに、既視感があります」


 ドアの脇で待機するオニキス様の方をチラリと見るけれど相変わらず私の方は見ない。公私混同はしないと言い切っていたからまあ仕方ない。


「まさか……。王都からでは飛竜を駆ってもこの時間に着けるとは思えません」


「杞憂であればいいのですが」


 けれど、こういう時の嫌な予感は確実に当たる。

 ほどなく苦虫をかみつぶしたような顔のアダマントがクレメンティーネを支えるようにして戻って来た。ソファに二人で腰かけると、オニキス様を目で呼びつける。


「オニキス、精霊の愛し子殿のご指名だ。こちらで事情を確認する間、時間を稼いで来い」

「アダマント様、それは……」


 クレメンティーネが私を見つめ、アダマントを止めようとするが、オニキス様がそれに首を振る。


「承知しました」


 短くそう言うと、扉の方ではなくなぜか私の方に歩いてくる。どうするのかと見ていると、おもむろに私の前で一礼し、頤に手をかけクイと持ち上げるとごく軽く口づけをし、あっけにとられている私たちを残して部屋を出て行ってしまった。


「え? え?」


「オニキス様ってああいう方だったかしら?」


「あれは本当に冷血魔術師のオニキスなのか……? いや、護衛騎士に立候補したのがそもそも不自然だったな?」


 ……なにその二つ名。初めて聞いた。それに、立候補? 昨日はそんなこと言ってなかったのに。


「アダマント様への抗議ですわよ……」


「だから言ったでしょう、オニキス様は恋人としては魅力的ですって」


「まあいい。いい酒の肴ができたな」


 クッと笑ったアダマントが気を取り直して、私とクリスティアーネに向き合う。


「君たちが、リーゼ・ブライトナー男爵令嬢を拉致監禁しているからすぐ解放しろと、精霊の愛し子殿が乗り込んできたのだが、心当たりはあるか?」


「まあ。拉致監禁だなんて人聞きが悪い……」


 私とクリスティアーネはかわるがわる、リーゼがジェイド派閥の学生に氷魔法で攻撃されたこと、ブライトナー家の状況が妊婦には過酷なためこちらで保護することにしたことを説明する。


「今だって、リーゼ様の面倒をみているのは私とお姉様の乳母のエデルガルトですわ。監禁だなんて言いがかりもいいところです」


「そうなのか……。しかし」


「でしたら、リーゼ様にはお帰り頂いてもかまいませんわ。……ブライトナー家に戻せば普通にジェイド様の手の者たちに赤子ごと亡き者にされるだけだと思いますけれど」


「ジェイド様はご結婚前の大事な時期ですから、なりふり構わないでしょう。本当に危険だと思います」


「その話を愛し子殿に伝えて果たして納得していただけるかどうか……」


「リーゼ様が妊娠していてご実家では療養もままならないのですから、モモカ様が責任をもって引き取るならばという条件で引き渡してはいかがですか? 今は、離宮にお住まいなのでしょう?」


 フーと一つため息をついてアダマントが立ち上がった。


「まあ、そのあたりが落としどころか。さて、そろそろオニキスを救出しに行くか。ああ、クレメンティーネはここに残っていなさい」


 そう言ってアダマントが部屋を出て行ってしばらくした後、またドアの外が騒がしくなった。これももう何度目だろう。


 クリスティアーネがうんざりした顔で肩をすくめる。


「モモカ様、落ち着いてください!」


 アダマントの慌てた声が聞こえる。ドアが勢いよく開かれ、予想通りモモカが部屋に飛び込んできた。


「あなたたちが結託してリーゼを害そうとしているのはわかっています。すぐに罪を認めて彼女を自由にしてください!」


 クリスティアーネにとびかかろうとするモモカの肩をオニキス様が慌てて抱き寄せる。


「オニキス様、止めないでください」


 そう言いながらもモモカはオニキス様に()()ともたれかかるような甘えた仕草をみせる。あれは護衛任務だとわかっていても胸がチクリと痛んだ。


「モモカ様、一度お座りください」


 アダマントにそう言われてモモカが渋々といった感じで腰を下ろす。オニキス様が定位置のアダマントの後ろに控えようとするとモモカが声をかけた。


「オニキス様、隣に座ってくれないのですか?」


 ひやりとした空気が流れる。

 アダマントがチッと一つ舌打ちをしてオニキス様を振り返り目で移動するように合図をすると、オニキス様は表情を変えずにモモカの後ろに移動する。


「護衛の都合上、椅子に座るのはご容赦ください」


「そんな……。でもオニキス様に守られるなんてドキドキしちゃいます……」


「モモカ様……! あなた……!」


 なぜか私よりもクリスティアーネの方が怒りをあらわにしていて、かえって毒気を抜かれてしまった。オニキス様の顔をちらりと見ると、いたずらっぽい顔でウインクを返してくれる。


 公私混同はしないと言っていたのに……!


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