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39.護衛騎士2

 

 今夜のオニキス様は明らかに気持ちを乱されているようだった。


 朝から飛竜を繰り、慣れない護衛騎士の真似事をしていたのだから肉体的には疲弊しきっているはずだ。そしてこれは憶測だけれど、いまこの時もアダマントとクレメンティーネの(むつ)みあう魔力に()てられ続けているような、そんな気がしてならない。


 冷静に考えれば、今すぐにおやすみなさいと告げて自分の部屋に戻るべきなのだろう。今日のオニキス様はそっとしておく方がいい。そう思う気持ちと、こんな晩に一人残してはおけない気持ちがせめぎあっていた。


 ぐずぐずと考え込んでいるうちに寝支度を整えたオニキス様が戻って来てしまう。

 ソファに座る私を目でとらえると嬉しそうに抱き上げ瞼へ頬へ口づけを繰り返しながら、天蓋つきの豪奢な寝台へと運ぶ。


 こんなオニキス様は今までみたことがない。


 なすがままにされている私の感情を伺うように小さく名前を呼び頬を撫でる。親指で確認するように唇に触れる。


 オニキス様の瞳のなかには私がずっと欲しかった熱があった。


 ……でも今日のオニキス様はあきらかに平静ではないのに。


 そう思う心とは裏腹に唇を優しく撫でる親指をそっと噛んでいた。そんな私の動きに安堵した親指が唇の柔らかさを確かめるようにその輪郭をなぞる。


 吐息が漏れるのを塞ぐように唇が重なる。さっき親指で柔らかく開けられた隙間に熱い舌が滑り込んでくる。かすかにワインの香りがした。


 ああは言っていたけれど、やはりアダマント様に大分飲まされたようだ。

 このまま正気ではないこの熱を受け入れてしまったら、朝になったらオニキス様はきっと後悔に(さいな)まれてしまうはず。


 そんなことを頭の隅で考え続けている私を()れたような舌が促す。腰を支えていた左手は徐々にその位置を上に移し、胸当てをしていない無防備な膨らみをそっと包んだ。小指と掌が敏感な部分をかすめる。


「……あっ……オニキス……様……」


「……嫌?」


 覗き込む瞳は少しの緊張を湛えていた。もう私からは抗えない。小さく首を振ると安堵したようにまた唇を吸われる。


 もういい。後悔はあしたの朝いくらでもする。今はこの熱に身を任せていたい。

 そう開き直ってオニキス様の舌を受け入れ、甘い酩酊感だけが私に満ちたその時だった。


 口の中に存在するはずのない小さな尖った何かが舌を刺し、胸を貫かれるような痛みを覚える。


 オニキス様が口のなかにある異物の正体を確かめる。小さなピンク色をした結晶だった。

 私の喉からヒッと小さな悲鳴が漏れる。

 オニキス様の瞳から熱は完全に去り、言葉を失ったままただ私を見つめている。その口がゆっくり「すまない」と発音しようとするのを手のひらで塞いで阻止する。


「謝ってはいやです。……謝るのは防御陣を張るのを忘れたことだけにしてください……」


「……それは、本当にすまなかった」


 天蓋に重なるようにイメージして防御魔法を詠唱すると、ようやく胸の痛みが治まる。

 何度か深呼吸をするとようやく落ち着いてきた。


「あと……、ドレスの性能をもっと強化を……」


「そうだな。見積(みつもり)が甘かったのは認める。……だが、ドレスはいずれ脱がせるものだが……?」


 パラパラと雹のように天蓋を叩く桃色の結晶が私の動揺をオニキス様に伝えていた。


 ***


 自分の部屋に戻ろうとしたところオニキス様に引きとめられて、結局いつものように腕枕をしてもらっていた。


「……さっきのオニキス様、……すごく……」


「君が……あまりにも冷静で……つい、感情を乱したくなった……それに」


「それに?」


「いや……」


 気まずそうに泳ぐオニキス様の視線が私の耳のあたりに注がれている。


「この、髪型ですか?」


 ほどくのが大変なので、編み込んでアップにしたままにしてある。


「つい、君がまだ子供なことを忘れてしまった」


 この世界ではこれほど長い髪の有無が影響しているのかといまさらながら驚く。


「もしかして、昼間ずっと私の方を見なかったのも……」


「いや、あれは護衛任務中だったからな。公私混同は……しない……つもりだったのだが……」


 私が首をかしげると誤魔化すように鼻をつままれた。いつもの私を子供扱いするオニキス様だった。


 大人のキスをしたりそれ以上のことをしたい気持ちはもちろんある。だけれど一度そうなってしまったらもうこのふわふわした甘いだけの関係にはもう戻れないだろう。それはちょっと勿体ない気もしている。


「ふふ。護衛騎士の制服のオニキス様、とっても素敵でした」


「慣れないことをした甲斐があったな」


「でも、宮廷魔術師のオニキス様がどうして……?」


「ああ、この時期は王都を離れる貴族が多くて、王子の気まぐれに付き合える騎士の余剰がなくてな。護衛だけであれば、私一人で足りるからな。それに……リア、君に会いたかった」


 やっぱりいつもよりも甘いかもしれない。

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