38.護衛騎士
窓の外を大きな影が横切った。
別荘の裏手に降り立ったのは二騎の飛竜だった。昨日クレメンティーネが言っていたからおそらくアダマントだろう。もう一騎は護衛騎士だろうか。第一王子の移動に護衛が一人というのは少ない気がするけれど。
兜を外す様子をみていると、輝くような金髪が現れる。クレメンティーネが駆け寄るのが見えた。飛竜をみるのは初めてだったのでもっと見ていたかったけれど部屋の扉をノックする音がしたので窓辺を離れた。
挨拶に出る必要があるだろう。姿見で服装の乱れがないかをチェックする。昨日つけてもらったエクステは編み込んでアップに整えてもらっていた。
***
ソファに座るアダマントは圧倒的な存在感を放っていた。おとぎ話にでてくる王子様そのもので、仕草の一つ一つにキラキラのラメが舞っているかのように見える。隣に座っているふわふわのブロンドのクレメンティーネと並ぶとまるで1枚の絵画のようだった。
そして二人の背後に立つ護衛騎士様は漆黒の美しい髪を珍しく後ろで一つに括っている。長身で細身なわりに騎士団の制服が思いのほかよく似合っている。
……何あれ。 かっこよすぎるんですけど!?
「リア殿、この度は大切な指輪をクレメンティーネのために譲っていただき感謝する」
アダマントが蜂蜜のようにとろけそうな美声でそう声をかけてくれる。けれど、その言葉がやきもちから出ていることを知っていると、どうしても微笑ましくて笑いをこらえるのに苦労してしまう。
「いえ、あれは魔道具ですし。けれど、思い付きで勝手な真似をしてしまい申し訳ありませんでした」
指輪ではなく魔道具を強調するのは昨日クレメンティーネと打ち合わせをしていた通りだった。王子の様子は、と見るといったんは納得してくれたようだった。
それにしてもこの部屋に入ってからずっと護衛騎士様が私の方を見ない。それなのに一挙手一投足を注目されているように感じてとてもやりにくい。
「クレメンティーネ、さあ、もう指輪がなくとも大丈夫になったのだから、リア殿にそれはお返ししなさい」
クレメンティーネのドレスには桃色の輝く糸でふんだんに刺繍が施されていた。
指輪については、返してもらえなくてもよかったのだけれど、護衛騎士様の手前返して欲しいオーラを全開にしてクレメンティーネを見る。
「ごめんなさい、リア様。もうお返しすることはできないの」
「なっ……!」
怒って立ち上がろうとするアダマントを制してクレメンティーネが呪文の詠唱をはじめる。
「……星の軌跡を辿り 我が呼び声に応じ、森の奥深くで新たな命を紡ぎ上げん」
目の前に薄桃色のポメラニアンのような召喚獣が現れ、ぴょんとクレメンティーネの膝に飛び乗った。
……なるほど。これはたしかにもう指輪を手放すことはできない気持ちがわかる。
でもなにか、召喚呪文が私の教えてもらったそれとは全然違って聞こえた。地獄の扉とか冥府とかそういう不穏な単語が一つも組み込まれていなかった。
どういうことですかと護衛騎士様を見つめるけれど目が合わない。
桃色ポメがアダマントの膝の上に飛び移ったのをきっかけにクリスティアーネとクレメンティーネが同時に吹き出した。
「もうよろしいでしょう? お姉様はアダマント様一筋ですわ。本当はお分かりになっているんでしょう?」
「アダマント様が気になさるなら指輪ではない形に加工しますから、ほら、この子ったらもうこんなになついて……」
「わかった! わかったからこの召喚獣はもう片付けろ! それから、おまえたちはリア殿にきちんと礼を忘れるな」
そうして、「行くぞ」と護衛騎士様に声をかけてさっさと部屋を出て行ってしまった。クレメンティーネがそのあとを追いかけていく。
部屋に残された私とクリスティアーネはどちらからともなく笑いだしてしまった。
「アダマント様って、クレメンティーネ様の前だとあんなご様子なのですね。学園ではもっと大人にみえたのですけれど」
「お姉様といるときはずっとああですわよ。わがままで子供っぽくて。私、殿方に幻滅してしまいそう」
「その点、スターリング先生は大人で落ち着いているから安心ですわね」
「そう! そうなんですの。スターリング先生だったら……」
まずい話題を振ってしまった。クリスティアーネのおしゃべりは止みそうになかった。
***
夕食後、与えられた客室で寛いでいると、隣の続き部屋に人が入ってくる気配がした。客同士が知り合いの場合は廊下を使わずに行き来ができるようにこうした作りになっているのだという。
少し迷ってからノックをするとガタガタと音がして扉が開く。私の大好きな護衛騎士様が出迎えてくれた。
「寝巻で夜更けに男の部屋を訪ねるなど、ずいぶんお転婆なレディですね」
おどけてそう言いながら私を抱き上げる。
「護衛騎士様も今日はとってもお疲れみたいですね」
「ああ。アダマント様もクレメンティーネ様も魔力が溢れているからな。だいぶ中てられた……」
「お酒も大分飲まされていたでしょう?」
「たいしたことはない。それにしても今日のリア嬢はいつにも増して可愛らしいな。食べてしまいたいくらいだ」
そう言いながら、なんでもないことのように唇に軽くキスをすると私をソファに降ろす。
……たしかに、今日のオニキス様は相当二人にあてられているようだ。
窓の外では夜の闇が深さを増していた。