37.夏の別荘へ
「そう!殿方ってそういうところがありますわよね」
学園の夏休みに入り、予定通りクラウゼヴィッツ家の夏の別荘に招かれていた。
第一王子の婚約者であるクレメンティーネも結婚前の束の間の息抜きということで別荘へ帰って来ている。
宮中での社交とはちがい、柵がほとんどない私は他では話せないことでも吐露できる相手としてちょうどよかったようだ。まあ、確かに私はクリスティアーネとスターリング以外ほぼ交流がない。クレメンティーネとは在学中はあまり話をしたことはなかったけれど元同級生だったというのも気安い理由かもしれない。
「アダマント様も、自分からは好き勝手になさるのに、私から触れようとするとはしたないって。もう、どういうつもりなのかしらって思いますもの」
クレメンティーネはさすが将来の王太子妃だけあって話術が巧みで、気が付くとかなりプライベートなことまで喋らされてしまっていた。
真空凍結乾燥苺の話をしていたのにどうして……
クレメンティーネのお願いというのは真空凍結乾燥製品の製造を下位貴族向けの事業として展開したいという内容だった。クレメンティーネの派閥には上位貴族が多く、下位貴族向けのアピールに何か手段が欲しいと考えていたところ、この技術がちょうどはまりそうだということらしい。
私が発明したものでもなく、所詮知識チートなので、独占するつもりもなかったけれど、マルガと一緒に試行錯誤したものなので、彼女にはなにか報酬をだしてもらいたい気持ちもある。一度オニキス様と相談させてほしいと返事をした。
「もちろんかまいませんわ。それはそうと……明日、アダマント様がこちらにいらっしゃいます。リア様にお会いしたいのですって。指輪の件でお礼がしたいそうで」
「そんな。恐れ多いです。それにあれはもとはオニキス様が作られたものですし」
「ふふ。だからアダマント様は、指輪を送ったのが本当にリア様なのかを確認しに来たいのよね、お姉様」
すこし揶揄の混じった声でそう言うのはクリスティアーネだった。
「え?」
「アダマント様は、オニキス様が送った指輪だから私が大事にしているのではないかとまだ疑ってらっしゃるの……」
「クレメンティーネ様、愛されてらっしゃいますね……。そういうことでしたら、いくらでもご説明いたします!」
それにしてもあの裏の全くない陽キャの化身のようなアダマントがこんなに嫉妬深いとは。
「ごめんなさいね」
「ただ、私……アダマント様にこの髪でお会いするのは失礼にあたらないでしょうか……」
「ああ、説明はしてあるから心配なさらなくても大丈夫よ」
「お姉様はデリカシーがないわ。全女生徒の憧れの方に会うのですもの、少しでも美しく見せたいと思うのは当たり前ではありませんか」
なぜかクリスティアーネが急に勢いついて側仕えに何事か申し付けた。
まあ、クリスティアーネの剣幕ほどではないけれど、やはりアダマント様はメインの攻略対象だし、間近で見たくないか言えばうそになるし、その時には多少はましな装いでいたい気持ちはある。
しばらくすると布張りの箱を手にした側仕えが戻って来た。クリスティアーネが中から取り出してみせてくれたのはヘア・エクステンションだった。
「事件があった頃、髪を切られたら不安だってスターリング先生に相談したら、こういうものもあるって教えてくださって」
そう言いながら、側仕えに命じで私の髪にエクステを装着させていく。
「何十束もあるから外すのがちょっと大変なのだけれど、別荘にいる間はつけていても問題ないでしょう?」
「あら……リア様、髪が長くなると随分大人っぽい印象になりますのね」
「だって、お姉様と同い年ですもの」
「それに、不躾ですけれど、リア様、以前お会いした時よりもお口元が大分すっきりなさって、何かされました?」
どう説明しようか迷ったが、マウスピースで歯列矯正をしていることを軽く伝える。
「まあ! リア様! それは素晴らしい発明ですわ。ぜひ詳しく教えてくださいませ!」
こちらは確実に下位貴族へのアピールになるという。私一人が勝手にやったことなので、あとでレポートを共有すると伝えると、「私が王妃になったら絶対にリア様に爵位を授けますわ」とまで喜んでくれた。社交辞令だとしてもとても嬉しい。
そうこうしているうちにすべてのエクステの装着が終わったようだった。
以前無理やりつけさせられたウイッグに比べると全く違和感がない。クレメンティーネもこれでアダマントの前にでても全く問題ないと太鼓判を押してくれた。
「クリスティアーネ様、ありがとうございます。でも、こんな高価そうなものを貸していただいても……?」
「だってリーゼ様が犯人だってわかったのだから、もう必要ないでしょう?」
そういえばリーゼもこの別荘に来ているのだった。
「そういえば、リーゼ……様は、今いったいどうされているのですか?」
「うちにずっと仕えている乳母に任せているから心配ないわ。だいぶ不摂生をなさっていたようだから厳しくするようには言ってありますけれど……」
そう言うとクリスティアーネはフフっと笑った。ちょっと悪い顔になっているので、なかなか厳しい扱いを受けているのかもしれない。それでも誰にも頼れず野放図に太ったり、学園で氷魔法で攻撃されるような状況よりはずっとましなはずだ。
「何から何までありがとうございます」
「あら、言いましたでしょう? 利害が一致している間はリア様の味方になりますって」
「あなた、そんな脅すようなことをリア様に……!?」
「だって、スターリング先生とリア様、いつも一緒に研究室にいらっしゃるから……」
「クリスティアーネ様、私、スターリング先生のことをそんな風に思ったこと一度もありませんから!」
慌てて否定するとクリスティアーネが吹き出した。
「もちろん今はそんなことわかっていますわ。それに……オニキス様のあのご様子だと、ねえ、お姉様?」
「そうね。あんなに情熱的な方だって思いませんでしたわ」
えっ? オニキス様、いったい何を……?
二人に問いただしてみたけれどクスクスと笑うばかりで何も教えてはもらえなかった。