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36.苺とチョコレート2

 

 オニキス様の手が恐る恐る私の頬に触れる。むけられた視線が痛くて斜め下を見るように目を閉じる。さらさらの髪が私の肩にかかる。俯いた私の顔を上向きにするひんやりとした指先……。


 オニキス様が私よりも研究に熱を入れているのが悔しくて、自分から言い出したくせにもう後悔をしていた。こんなあてつけのように初めてのキスをしたいわけではなかった。


「リア、目を開けなさい」


 恐る恐る目をあけると、チョコレートのかかった苺を手にしたオニキス様が困った子供をみるような目で私を見つめている。


「オニキス様ぁ……」


 口を開いた拍子に苺を押し込まれた。チョコレートの甘い味が口の中に満ちる。


「これを作ったのはマルガだろう。しかも、生活魔法を使って加工がされている。口にすれば製法などすぐわかる」


「えっ? あ……」


 まだ口の中にあるチョコレートをモゴモゴと嚙み下していると、頭をくしゃりと撫でられそのまま胸に抱き寄せられた。珍しく早いオニキス様の鼓動が(じか)に伝わってくる。


「あまり、急いで大人になりたがらないでくれ……」


 そおっと顔をあげると、大きな手で(おとがい)から頬を挟まれ、クイと顔をあげさせられた。オニキス様の顔が近づいて反射的に目を閉じる。柔らかな唇の感触に続いて苺が甘く香る。


 それからのことはあまりよく思い出せない。

 ただ、繰り返されるついばむようなキスと私の名前を囁くオニキス様の声と抱きしめられた熱がふわふわと記憶を埋め尽くしていた。



 ***


 遠くから響く蹄の音でまどろみから覚める。


「リア、そろそろ起きなさい」


 目を開けるとオニキス様の優しい瞳があった。口のなかにホワイトチョコレートの甘い余韻が残っている。


 ……夢じゃ、なかったんだ。


「そろそろ迎えが来る頃だ。そんな顔をケヴィンに見られたらあらぬ誤解をされてしまう」


 そう笑いながらオニキス様がさっき乱した私の髪の毛を整えるように撫でてくれる。


 氷の入った水を一口飲んで深呼吸をする。すこし離れたところでケヴィンが馬を降りるのが見えた。


 立ち上がったオニキス様が一緒に立ち上がろうとした私を手で制してケヴィンの元に向かう。東屋からすこし離れたところでケヴィンと何やら話し込んでいる。二人とも難しい顔をしている。


「後からゆっくり戻ってくるように」


 遠くから私にそう声をかけると、オニキス様は黒いペガサスを召喚して館に戻って行った。ゆっくり戻ってくるようにと言われたのですこし片付けでもして戻ろうかと思っているとケヴィンがこちらにやってくる。


「リア様、片付けを使用人に任せるのも貴族令嬢の務めです。使用人の仕事を奪ってはいけません」


「そうでしたね。ごめんなさい。……しばらく図書室にいるとオニキス様にお伝えください」


 ケヴィンとオニキス様のあの様子だとおそらくモモカが館にやって来たのだろう。応接室でモモカとオニキス様が二人きりになるようなことはないだろうけれど、やはりモヤモヤとした気持ちになってしまう。特に図書室に用事があるわけではなかったけれど、気分を紛らわせたかった。


 ***


「リア様、いいかげんになさいませ」


 湯あみをして新しいナイトドレスに着替えさせてもらい、もう眠る準備は万端になっている。けれども、どうしても主寝室への扉をノックすることができない。


「だって、マルガ……」


「先日は全く気になさらずスタスタとお入りになっていたではありませんか」


「今日はあのときとは違うのです……そういえば、今日、モモカ様がいらしていたのでしょう? どのようなご様子でしたか」


「私はご案内しただけですから、オニキス様にお聞きください。……片付けが残っておりますので私はそろそろ退室させていただきますね」


「マルガぁ……」


 苦笑いを残したマルガが出ていくとほどなく主寝室側から扉がノックされた。


「はい……」


 覚悟を決めてドアをあける。

 ……もちろん、昼間のあの様子なら今晩も何もないことは分かっている、ただただ恥ずかしくてオニキス様の顔がまともに見られないだけなのだ。


「新しい寝巻もよく似合っているな。着心地はどうだ?」


 そんな私の気持ちを知ってか、わざといつものような声をかけてくるオニキス様が優しい。


「今日は抱っこしてくるくるはしてくださらないのですか?」


 だから私もわざと子供のような返事をする。オニキス様もちょっとホッとしたような笑顔をみせてくれ、「おいで」と大きく手を広げる。私が抱き着くとそのまま抱え上げてベッドに入れられてしまった。


「手を繋いで眠ってほしいです」


 オニキス様が私にまだ子供でいて欲しいと願うなら、その望み通り振舞おうと思った。


 ***


 沢山の枕を背もたれにしてオニキス様がずいぶんリラックスした様子をみせている。私はというとそんなオニキス様にすっぽりと抱かれるように腕のなかに収まっていた。ひんやりしたシーツの感触とオニキス様に触れているところから伝わる熱が心地良い。


「今日も寝心地の確認だけでよいのですか?」


「自覚がないのか……」


「えっ?」


「今日の君は魔力の制御がまったくできていない」


「そ、そんなこと、ないですよね」


「ためしにその寝巻を脱いでみると良い。愛し子殿の精霊に気付かれて悪夢どころではないぞ」


 そんなことを言いながら腰のリボンを解く振りをする。


「そういうところですよ! オニキス様!!」


「ん?」と私を覗き込むオニキス様が愛おしい。こんなオニキス様を独り占めできるのだから精霊様に()殺されても仕方がないとすら思ってしまった。



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