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35.苺とチョコレート

 

「リア様、お帰りなさいませ。もう、オニキス様がお帰りはまだかまだかとうるさくて!」


 館に帰ったとたんマルガに泣きつかれた。なるほど、私室のクローゼットを確認すると、あたらしいドレスが3着届いていた。金糸銀糸の刺繍ドレスの改良版とナイトドレスの改良版だろう。もう1着はペガサスに乗ることを想定しているのか下半身の可動性が高いドレスだった。


「オニキス様はどちらに?」


「久しぶりに湖の方でお昼をご一緒したいそうです」


 湖のほとりの東屋を色とりどりの野薔薇とラベンダーが彩っていた。ご褒美に頂いたペガサスで降り立った私をオニキス様が眩しそうに見つめる。……まあ、見つめているのはドレスの中身の私ではなくてドレスかもしれないけれど。


「おかえり、リア。今日のドレスの着心地はどうだろうか?」


 改良版のドレスは従来版のような重さもなく普通のドレスと比べても着心地もデザインも遜色がない。肝心の魔力制御の効果についても、防御魔法で試してみたところ格段に出力の調整が容易になっている。


 そう伝えると、オニキス様は少年のような無邪気な笑顔で喜びを隠さない。私の右の瞼にひとつキスをするとそのまま抱き上げられ、東屋の中に置かれたソファに座らされた。


 ローテーブルの上には花を浮かべたフィンガーボウルと長方形に焼かれたパイ生地の上に季節の野菜を乗せたピザのようなものが何種類か用意されていた。ガラス製のジャグにはたっぷりの氷にスライスした柑橘と明るく透き通ったルビー色の液体が満たされている。


 オニキス様が脚のないワイングラスのような丸みを帯びたグラスに飲み物を注いでくれる。さっそく乾杯をして口をつける。サングリアだ。ワインの甘く心地良い渋みとフルーツの酸味にスパイスがエキゾチックな香りを添えてすいすいと飲めてしまう。


「飲みやすいからといってあまり飲みすぎないように」


 オニキス様に止められなければ何杯でも飲んでしまいそうだった。


 長方形のピザのようなパイはフラムクーヘンというらしい。カトラリーがないのでどうしようかなと考えているといつものようにオニキス様が一切れとって食べさせてくれる。パイというよりもクラッカーに近い軽い食感だ。


 気が付くとオニキス様がスライスしたリンゴとベーコンが載せられたフラムクーヘンに視線を注いでいる。いつものお返しに一切れとって冗談のつもりでオニキス様の口元に持っていくと、当然のようにそのままぱくりと口にいれる。


 人差し指についてしまったサワークリームをフィンガーボウルですすごうとしたららそのまま指を引き寄せられ軽く吸われた。


「 ――んっ」


 私が小さく声を上げたのに気が付いたオニキス様がそのまま人差し指を甘く噛む。指先からぞくりとするような快感が這い上がる。


「オニ、キス……様、だめです……お食事をちゃんと、先に……」

「ん?」


 そう言って私の瞳を覗き込むオニキス様の表情がなんだか楽しそうなので、辛うじて手を引っ込めることができた。もし、この目に少しでも私への衝動のようなものが宿ってしまったらもう(あらが)えない。


「リアがこれ程までに動揺をみせているのに魔力制御が完全にできている。ドレスの効果だろうか?」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()、今はお食事に集中してください」


 いつかの意趣返しだった。私をバルコニーに一人置き去りにしたあの日をオニキス様は覚えているだろうか?


 オニキス様は少し考えるような仕草をしたあとクスと笑って私の頬を人差し指で突く。


「あの時、食べ損ねたデザートはなんだったろうな?」


 そんなことを言いながら優雅に、でも少しだけペースを速めて食事をすすめる。そんなオニキス様が可愛くて私も吹きだしてしまった。


「そうそう。本日のデザートには真空凍結乾燥苺のホワイトチョコレートがけをご用意させていただきました」


 私がすましてそう言うと、聞きなれない単語にオニキス様が即座に反応する。


「今、何と言った?」

真空凍結乾燥(フリーズドライ)苺、です」


「それはいったい何だ?」

「試してみますか?」


 苺の形はそのままに水分だけを抜いたものに先端からホワイトチョコレートを半掛けにしてある。一つ摘んでオニキス様の口の前にもっていく。けれどもそれを直接口にはいれず指でつまみ、しげしげと眺めている。


 オニキス様が口の中で何事か唱えると小さな切れ味の良さそうなナイフが手の中に顕現する。手にしたナイフで苺を縦半分に割る。生の苺とかわらない断面が現れオニキス様が目を見張る。


「おいしいですよ。召し上がってみてください」


 私がそう促すと確かめるように口にいれる。見た目を裏切るサクサクとした食感と苺そのままの酸味はきっとオニキス様を驚かせたはずだ。


 オニキス様があ然とした顔で私をみつめている。……前世の知識チートなのでちょっとズルをしているようで気まずくて目を反らす。


「リア、これは……」


 いつもの私に向けられる眼差しよりもはるかに強い熱を秘めた瞳にちょっとだけ傷つけられたような気持ちになる。だから、つい、挑発するような言葉が口をついてでてしまった。


「どうやって作ったかを、知りたいのですよね。 ……だったら、私を読んでみますか……?」


 息を呑んだオニキス様の視線が私の唇のあたりを彷徨(さまよ)った。



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