34.義妹からの謝罪
クリスティアーネを見送って戻って来てもまだリーゼは目を覚まさなかった。寝顔があどけない。我儘で自分勝手で愚かなこの義妹にはさんざん迷惑をかけられてきたけど、こうして寝顔をみていると、どうしようもなく子供なのだと諦めのような気持ちが湧いてきてしまう。
図書館で調べて来た内容をまとめているとリーゼが目を覚ました。
「あの……。私のせいであなたは平民になったのに助けてくれなんて虫のいいことを言ってごめんなさい。でももう頼れる人がほかに誰もいない……」
リーゼの目から大粒の涙がこぼれた。
「あなたのお父様とお母様はどうしているの。学園でいつも一緒にいたモモカ様は?」
「お父様もお母様も金策で家には居たり居なかったりで、使用人も半分はいなくなった。残っている使用人もお父様とお母様についていくことが多くて。……モモカ様は放課後はお忙しくしてて……」
「私もここでは平民の身分で助手として置いてもらっているだけだからあまり力にはなれないけど、休みたいときはここに休みに来てもいいわよ。あと、今日みたいに学生に襲われたときはこれを使いなさい」
間違って育てすぎてしまった召喚ミミズの中でも一番大きくなってしまったミミズの魔石をリーゼの爪に付けてやる。詠唱なしで発動できるように加工もした。
「大きいけど攻撃力は殆どない農業用の召喚獣よ。脅しくらいには使えるわ。あなたの魔力でどれくらい維持できるかわからないから、本当に危ない時だけに使いなさい」
リーゼは魔石のジェルネイルを施した右手の小指を不思議そうに上にかざして眺める。
「ありがとう……ございます……そろそろ迎えの馬車がくるからもう帰ります。あなたのお母様の形見は、あした絶対に持ってきます」
「別に急がなくてもいいわ。家で休める日はゆっくり休みなさい」
私がそう言うとリーゼは一礼して部屋を出て行った。馬車まで送ろうかとも思ったけれど、ブライトナー家の使用人と顔を合わせるのもなんだか面倒の種になりそうで、こっそりとリーゼに防御魔法をかけておくだけにした。ここから校門くらいまでの距離なら維持できるだろう。
***
翌日、クリスティアーネと一緒に研究室に行くと、妙に楽し気な様子のスターリングが居た。だいたいの事情はすでにクリスティアーネから聞いているという。
「リーゼ君はとんだジョーカーだったな。まあ結果的にはよい働きをしたが」
スターリングが口にしたジョーカーという言葉にひっかかる。いままで気にしたことがなかったけれど、ジョーカーという単語があるということはトランプもあるのだろうか。だとすると、リバーシやトランプで大儲けする案はダメそうだ。
「……ですわよね、リア様」
余計なことを考えていたせいでクリスティアーネの話を全然聞いていなかった。
「まあ、ぼんやりなさらないで。リーゼ様のことですけれど、スターリング先生のところで面倒をみてもらうよりも、当家の別荘で面倒をみるほうがよろしいですわよね?」
「……クリスティアーネ様がリーゼの面倒を?」
スターリングの近くに若い女性を置きたくないと言う思惑だろうか。生活力のない居候の私が面倒をみるよりもはるかに現実的ではある。
「ええ。ジェイド様のやりようは目に余りますもの。いざというときのためにもリーゼ様は囲っておきたいですわ。よろしければリア様も夏はうちにいらしたらどうかしら。その方がリーゼ様も安心するでしょうし」
私が考え込んでいるうちに、クリスティアーネとスターリングの間ではその方針で話が決まったようだ。ついでに、クレメンティーネとの面会も王宮ではなく夏の別荘になった。それは正直ありがたい。
「そろそろかしら」
クリスティアーネのつぶやきと前後して研究室のドアを遠慮がちにノックする音が響く。
「あの、放課後こちらに来るようにと言われたのですが……」
リーゼだった。クリスティアーネが呼び出したのだろう。仕事が早い。リーゼの手には私が母の形見を仕舞っておいたジュエリーボックスと黒い外套があった。
「お義姉様の部屋にあったのでこちらも一応持ってきました」
施された刺繍を見てクリスティアーネが外套を広げた。
「あら、これは当家の使用人のものね。卒業舞踏会の日になくなったと思っていたけれど、リア様がお持ちでしたのね」
わざと聞かせるかのように舞踏会の日と強調する。リーゼは真っ青になって私とクリスティアーネをかわるがわる見つめている。私の髪の毛を切った犯人が誰かなど、とうに調べ上げていただろうにクリスティアーネも人が悪い。
「あっ、あの、私、本当にあの時はお義姉さまが羨ましくて……本当にどうかしていました。ごめんなさい」
どうするのだろうとクリスティアーネを見ていると、リーゼの肩にそっと手を置いた。
「リーゼ様、どうなさったの。ご気分が悪いのかしら? ……ところでリア様、先ほどのお話の続きですけれども、夏はうちの別荘へいらっしゃるでしょう? リーゼ様も一緒にいらしてはどうかしら。いろいろお話しましょう、ね?」
口調は優し気だったけれど完全な脅しだった。リーゼは目に涙をためてぶるぶると震えながら私の顔をみる。
「リーゼ、クリスティアーネ様はあなたの体のことを心配してくださっているだけよ。使用人も足りていない家でひと夏過ごすのは大変でしょう。お言葉に甘えましょう」
リーゼは観念したように頷いた。