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33.義妹への襲撃

 

 もうすぐ夏休みが近いせいか、学園の生徒たちもどことなくざわついているように感じた。


 学生たちがどこでどう情報を仕入れてくるのかさっぱりわからないけれど、モモカの新しいターゲットがオニキス様なのではないかという噂を時折耳にする。そのかわりなのか、リーゼの相手がオニキス様だという噂は殆ど消えたようだった。まあ、モモカが親友のリーゼと関係を持った相手に懸想するわけもないと皆が判断したのだろう。


 学園内でリーゼをたまに見かけることがあったけれど、私に気が付いているのかいないのか特になにか言ってくる様子もない。ただすこし服装や髪型に行き届いていないところがあるのが気になった。あまり身の回りのことに気が回っていないように見える。


「リーゼ様、だいぶ貫禄がでてきましたわね」


 クリスティアーネに声をかけられる。なるほど、体形が変わったせいもあるのかもしれない。ただ、単に太っただけのようにも見える。


「そうですね。このまま学園に通い続けて大丈夫なのか気にはなります……。まあ、もうすぐ夏休みですけれど」


「夏休みと言えば、姉が休み中に一度お会いしたいとのことです。前回お土産にいただいたお菓子のことでお願いがあるのですって」


「もちろんです。またクレメンティーネ様にお会いできるのを楽しみにしていますとお伝えください」


 あのとき、クレメンティーネがわざわざ学校まで来てくれるということで、なにか珍しいものをとマルガと協力してフルーツを使った新しいお菓子を作ったのだった。新しいと言っても転生前の日本ではそう珍しいものではない。フリーズドライにした苺にホワイトチョコレートをかけたものだ。


 サクサクした不思議な食感の酸味の強い苺にホワイトチョコレートの組み合わせは、日本で食べたことのあるそれをかなり再現できたと思う。マルガが空気を利用して移動する魔法を使っていたのをみて思いついた。


 あのお菓子を作った時にはあわよくば王太子妃にアピールできればという気持ちはあったので、狙い通りに評価されたことに心の中でガッツポーズをする。またなにか珍しいものをお土産に持っていきたい気持ちはあるけれど、マルガはもう館を離れる準備もあって忙しいので難しいかもしれない。


 クリスティアーネに図書館に行くと告げて研究室を出る。


 図書館でひとしきり調べものをして外に出たところ、ふいに後ろから腕をつかまれた。驚いて振り向くとリーゼの姿がそこにあった。全身がびしょびしょに濡れ、夏だというのに震えている。


「リーゼ、あなた一体どうしたの?」

「お願い、助けて……」


 あのリーゼが私に助けを求めるとはただ事ではない気がする。とはいえ、素直にリーゼの言うことを聞いてまた罠にはめられても困る。しかし、私を騙すためとも思えない切迫した様子だった。


「……お母様が取り上げたあなたの宝石も全部取り返してくるから、お願い、殺される……」


「……わかった。とりあえずその服をなんとかしましょう」


 一旦寮の私の部屋に連れて行けばいいだろうか。思案しながら寮に向かって歩いているとクリスティアーネが走ってやって来た。


「やっぱり。リア様、リーゼ様は先ほど男子生徒数人に囲まれて……攻撃を受けているようでした。上から見られているとは思わなかったのでしょうけれど」


「氷魔法を……かけられたのです」


「あれは、ジェイド様の派閥の下級生たちでしょうね」


 リーゼのお腹の子供の父親がジェイドだと知って、ジェイドの派閥の生徒たちがリーゼに攻撃を……?


 考えられる可能性は、リーゼの子供が生まれるとジェイドに都合が悪い何かがあるからだろうけど、そこまでするほどのことだろうか?


「リーゼ、あなた何か心当たりはあるの?」


 リーゼは大きく頷いたが、しゃべるのも苦しそうだった。ひとまず寮で私の服に着替えさせてベッドに寝かせると安心したのかほどなく寝息をたてはじめた。


「クリスティアーネ様は何かご存じなのですか?」


 一緒についてきてくれたクリスティアーネに尋ねると、難しい顔をして答えてくれた。


「リーゼ様の妊娠について、学園内だけではなく社交界でも噂が流れるようになりました。噂の火元はリーゼ様のお母様だと思われます」


「……ブライトナー男爵夫人が?」


「ブライトナー家は最近事業が上手く行っていないようで、ほうぼうに借金の無心をされていました。おそらくジェイド様のご実家にも」


 そういえば、以前クリスティアーネがジェイドの結婚が決まった話をしていた。まさか、リーゼの父親であることを脅迫のねたに使って借金を迫ったのだろうか。愚かにもほどがある。


「リーゼ様のことなど放っておいたらよろしいのでは?」


 それは本当にそう思う。けれども、現代日本人の倫理観では妊婦や赤ちゃんを見捨てるというのは本当に難しい。とはいえ、平民でスターリングの研究室の居候という身分の私にできることは何もない。ここで変に甘っちょろいヒューマニズムを丸出しにした返答をすれば、クリスティアーネは私を見限るだろう。


「ブライトナー家に私の亡き母の形見を取り上げられたのです。あれを取り返すまではリーゼと利害は一致しますし」


「……」


 ……形見のためだなんて別のベクトルの甘えだ。クリスティアーネの表情は明らかに私を試しているように見える。


「ジェイド様が……『歯も揃っていない子供に手を出すような』愚か者なうえに、このような残虐で卑怯な手段を使うような男が、血筋だけで宰相の座を継いでしまったら、国家の危機になりかねません」


「……それは、そうですわね」


「ジェイド様が学生を使ってリーゼに危害を加えたのは、子供が生まれると都合が悪いと判断したからにほかなりません。……だとすれば、リーゼのお腹の子供を無事に生まれるように守り、ジェイド様の咎を明らかにするのは……国民の勤めではありませんか?」


 私がしどろもどろで返答するとクリスティアーネが吹き出した。


「最後、だいぶ苦しい感じでしたわね。でもまあ、筋は通っていますわ」


 一度スターリングにも相談してみると言ってクリスティアーネは部屋を出て行った。


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