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30.卵サンドに込められた思いは

 

 私がクレメンティーネとのお茶会をしている間、スターリングの研究室には案の定モモカが来室していたそうだ。モモカとクレメンティーネが鉢合わせをしないようにわざわざオニキス様が来校してモモカの接待をしてくれいていた。


 モモカの今日の手土産スイーツは羊羹だった。小豆色のねっとりとした見た目のスイーツは豆大福よりも口にしにくかったようだ。スターリングとオニキス様のお皿は手付かずのままだった。モモカは特に気にしてはおらず、大人の男性は甘いものを好まないと判断したようだと言う。


 貴重な小豆を使った懐かしいスイーツをこのまま捨てるのも忍びなく、お願いして下げ渡してもらった。下げ渡しは文化としては存在するらしく特に抵抗もなく二人分の羊羹を手に入れる。


「リア様は甘い豆の煮ものが大丈夫なのですね……まさか、去年の生徒会の皆さまのように魅了されてはいませんよね!?」


 クリスティアーネには心配されてしまったけれど。


 ***


 館に戻るとマルガから私の部屋の準備が整ったので今まで利用していた客室から移動するようにと言われた。客室と同じように応対用のスペースの奥の扉から、鏡台やクローゼット、文机のあるプライベートな空間がつながる続き部屋だ。客室とは違い奥の部屋にはベッドはなくサイドに扉がありそこが寝室として独立している作りのようだった。


 なんとなく予想はついていたけれど、扉を開けると館の主人とその伴侶のための主寝室があった。キングサイズのベッドが2台間を離して並べられている。


「私はまだスターリング先生に認められていないのですがこれは……?」

「それが、第一王子からなにやらご指摘があったようで……」

「アダマント様が?」


 どういうことだろう。おそらくクレメンティーネとの面会が影響しているのだろうとは思うけれど、わざわざ第一王子が他家の(ねや)事情に口を出してくるなんて。グラウヴァイン家は王国の守護を担っているようだし能力維持は大事だからということだろうか。それにしても……


「寝台が二つあるのはオニキス様の指示です」

「なんとなくそんな気はしました」


 ネガティブな可能性を考えてしまうといくつでも思いつけるのだけれど、そういうのは全部無視して大切にされているのだと思うことにする。


 マルガと一緒に文机や鏡台の確認をしていると、めずらしく取り乱したケヴィンがマルガを呼びにやって来た。私がいるのを知らなかったようで過剰なくらいにお詫びをされる。なにか緊急の事態が発生しているようだ。


「私のことは気にせず行ってください、マルガ。あとは一人でもできますから」

「リア様、ありがとうございます。ケヴィン、一体どうしたというのです?」


 そう言いつつ部屋をでていく二人の会話に、行儀がわるいと思いつつも聞き耳をたててしまう。


「は? ……愛し子様が……? 先触れはなかったでしょう……、そんな……」

「……止めたらしいのだが、挨拶をして帰るだけだからとおっしゃったそうで」


 おそらく、モモカが館にやってきたのだろう。以前、館に来たいとオニキス様に話をしていたのを覚えている。この部屋に引きこもっていれば大丈夫だとは思うけれどモモカのことだから、なにを言い出すかわからない。万が一館で鉢合わせてもいいように、以前着ていたメイド服を引っ張り出して着替える。


 カーネリアンに調達してもらったときはだいぶ腰や胸まわりに余りがあって大きいサイズを着ているという感じだったメイド服も今ではピッタリになっている。胸まわりなどはむしろややきついくらいだ。メイドキャップを深くかぶって認識阻害魔法をかけておけばモモカに気が付かれることはないだろう。


 攻撃を仕掛けて来た守護精霊様のほうが何をどう認識しているかわわからないので油断は禁物だけれど。そもそも守護精霊はどういう意図で何をする存在なのだろう。ゲームではチュートリアル妖精が守護精霊だった覚えがあるけれど、他人を攻撃するような仕様はなかったはずだ。ヒロインの恋愛を成就させるための広義のサポートといえばそうなのだろうけど。


 モモカが通されるとすれば応接室だろう。エントランスから応接室を結ぶ動線にかからないルートで厨房にむかった。


「ユー……リア様、お久しぶりです。今日はどうなさいました?」


 私のメイド服姿にたいして驚いた様子もなく、以前私にパイのアレンジを教えてくれた料理人のテオが迎えてくれる。食事まで時間があるせいか厨房には人もまばらだ。


「お客様が来ることになったのですが、ちょっと私がこの館にいることを知られたくなくて、隠れていてもいいですか?」

「もちろんです。ちょうどこれから休憩時間だったのでおやつもありますよ」


 シュネーバルという讃岐うどんを丸めて油であげて粉砂糖をまぶしたような見た目のお菓子をいただく。シュネーバルは雪玉という意味だそうだ。粉砂糖の濃厚な甘さが口に広がる。


「思ったよりずっとサクサクしてとても美味しいです。讃岐うどんではなくてクッキー生地を細くしたものなのですね」


「サヌキウドン?」


「えーっと、東の方の国の郷土料理で、小麦の粉でつくられている麺だそうです」


「リア様は外国の料理をよく勉強なさっておられる。でもこのお菓子はそうやってかぶりつくのではなく、1本ずつはがしてお食べ下さい」


「まあ、そうなんですか? 初めて見たお菓子なので知りませんでした。おもしろいですね」


 そうしているうちに、厨房にマルガがやって来た。


「あら、リア様こちらにいらしたんですね」


「モモカ様はもうお帰りになったのですか」


「ええ。こちらをお土産にと持ってこられたのですがあまり見慣れないものなので厨房の皆に見てもらおうかと思って」


 バスケットに詰められたそれは、三角形に整えられた卵サンドだった。パンがふんわりと白くていかにも柔らかくておいしそうだ。


「具は卵に見えますな……。一つ頂いても?」


「もちろん、どうぞ」


 たっぷりと詰まった卵サラダをこぼさないようにテオが器用に口に入れた。


「茹でた卵を胡椒とソースであえてますね。シュパーゲルに添える卵のソースに似ていますが酸味が強いですな。リア様、わかりますか?」


 私も一つ口に入れる。この世界ではついぞ食べたことのないような柔らかさのパンが転生前のコンビニのサンドイッチを思い出させて懐かしい。ソースは確かめる間でもない。マヨネーズだ。酸味と塩味がだいぶ強いので大丈夫だろうけれど、これから暑くなる時期に自家製マヨネーズは少し不安な気がした。


「卵のソースのバターを植物性のオイルにして、柑橘のかわりに酢を入れて塩を利かせたソースだと思います。……以前、頂いたことがあります」


 なるほどとテオが言い、さっそく再現しようとする。


「卵のソースのように出来立てをなるべく早く食べてくださいね。これも卵のソースの一種ですし、火を通しませんから」


 わかっていますよとテオが頷き、マルガが残っていたサンドイッチを厨房の皆に早くたべるようにと配った。


 それにしても、ここでマヨネーズというカードを切ってくるのか。モモカが本気を出したようで少し怖い気がした。


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