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3.伯爵邸への呼び出しと品定め

 

 いくら私にも呼び出しがかかったとはいえお義母様ならなんとか言い繕って私を外には出さないだろう。そう割り切って、自室から出られないのを幸いと、魔力の制御にほとんどの時間を費やした。だから、私の身支度のためにメイドがドレスをもって部屋にやって来た時は本当にびっくりした。


 なぜ私にもドレスをと半信半疑で身支度をしていたが、着替えが終わった私とリーゼの姿を見ればお義母様の意図は一目瞭然だった。


 私にあてがわれたサーモンピンクを基調とした装飾の多いドレスは、食事も碌に摂れず痩せぎすで血色の悪い私には絶望的に似合わなかった。おまけに無理やり被らされたウイッグは黒髪というよりくすんだグレーだ。


 一方リーゼはロイヤルブルーのドレスで、ブルーグレイの髪色との調和をとりつつ健康的な肉体美を強調するようなデザインが悔しいが良く似合っていた。結婚相手にと考えた場合10人中10人がリーゼを選ぶだろう。伯爵みずからがリーゼとの婚約を望むのならばお父様でも何も言えない。


 私はもう平民との政略結婚でもなんでも受け入れる覚悟はできているのだ。こんな風に滑稽な恰好で引き立て役にされる方が辛い。私の気持ちをそこまで読んだ上で、お義母様は私を伯爵邸にやるのだと思うとどうしようもない無力感に襲われた。何をやってもお義母様を出し抜ける気がしない。


 ***


 沈んだ気持ちで訪れたせいか、グラウヴァイン邸は幾分くすんで見えた。門扉から正面玄関までの庭園もアプローチも別邸とはいえ来客に失礼ではない程度に整えられてはいる。


 エントランスは吹き抜けになっていて巨大なクリスタルのシャンデリアが下がり、緩やかなカーブを描いて左右対称のサーキュラー階段が上階へと続いていた。豪奢ではあるけれども、シャンデリアの輝きは鈍く、女主人の不在をどことなく匂わせていた。


 この館はオニキス様が宮廷に勤務するための別邸だということなので使用人もあまり見かけない。そもそもなぜうちのような身分の低い家に伯爵家からの縁談があったのだろう。今日、リーゼと私二人が呼ばれたことも含めてなにか裏がありそうな気がした。リーゼはどう思っているのかと表情を盗み見るけれどもあまり気にしては居ないようだった。


 応接室に通されしばらくすると、扉の外からあわただしい足音が聞こえて来た。荒々しいノックの音とともに部屋に緋色の獅子を想起させる男性が飛び込んでくる。


 ――カーネリアン・フォイアーバッハ……!


 ワイルド&マッチョ枠の攻略対象だった。テーマカラーは真紅。たしか、学園にドラゴンが襲来するイベントが発生して、討伐に来た王国騎士団長のカーネリアンが攻略対象に加わった覚えがある。


 でもなぜ彼がここに?


「やあ、お嬢さんたち、せっかく来てくれたのに申し訳ないね。オニキスの奴ちょっと呼び出されちまって」


 エネルギッシュで艶のある声が室内に響く。学園ではあまり見ることのないタイプのセクシーな大人の男性を間近に見てリーゼの視線が彼の胸筋のあたりを彷徨っている。


「詳しくは説明できねえが、今はこの館が一番安全だ。退屈だとは思うがちょっとこの屋敷にとどまって欲しい。屋敷のなかは好きなだけ見て回っていいが、裏庭の青い扉だけは絶対にあけるなってさ」


 筆頭宮廷魔術師が呼び出されて王国騎士団長が出歩けるタイプの危険なイベントとはなんだろうか。物理攻撃が効かないタイプの討伐対象が出たか、もしくは物理攻撃してはいけない捕獲対象が出たか……


 それに、開けてはいけない青い扉? まるでグリム童話の青髭ではないの。


 しばらく記憶を探ったがどちらも全く心当たりのイベントがなかった。そうこうしている間にリーゼはカーネリアンに屋敷内の案内を取り付けたようだ。リーゼに付いてくるなと睨まれたが、ここでぼんやり座っていても退屈なので少し離れてついて歩くことにした。


 それにしても、この館の行き届いてなさは一体どういうことなのだろうか。もう季節はすっかり春だというのにリネン類は冬のしつらえのままだし、ガラスやクリスタル類も埃こそ積もっていないものの磨かれておらず曇りが目につく。


 私がメイド長だったら絶対にこんな有様にはさせないのに。いっそこの館で雇ってもらえないだろうか。

 いや、でもそうすると女主人はリーゼになってしまう。それでもお義母様と実家で暮らすよりは大分ましに思えた。


「ユーリアちゃんは大人しいお姉さんなのかな?」


 ふいにカーネリアンに顔を覗き込まれた。美しい顔が至近距離に迫っていて心臓が跳ね上がる。反射的に防御魔法の詠唱をしてしまいそうになった。


「あ、あの、私は付き添いのようなものですので。それにしても、なにか魔法でなければ対応できない災害でも発生したのでしょうか?」


 一瞬のことだったがカーネリアンの瞳がスッと細められる。

 詳しくは言えないと言われていたのに、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。


「ユーリアちゃん、勘がいいね。とっさに魔法を詠唱しようとする反応も悪くない。男だったらうちの部隊にスカウトしてもいいかな。おっと、オニキスの奥さん候補にこんなことを言ったら冗談でも締められそうだな」


 カーネリアンは茶化すような調子でそう言ったが、なにか探るようなじっとりとした気配があった。もしかすると、オニキス様が呼び出されたというのも危険というのも嘘で、カーネリアンを私たちの品定めに寄越したのかもしれない。


 だとすれば、どうふるまうのが正解だろう。進んで選びたいルートなど一つもないのだから正解なんてあるわけはないのだけど。せっかく何もかも諦めて中年男と結婚する気持ちになっていたのに、希望の片鱗を見せて私の心をかき乱して試そうとするオニキス様にもカーネリアンにも苛立ちを覚える。八つ当たりなのはわかっている。


「オニキス様はリーゼを選ぶと思いますよ。私と違って美しいですし。私もできることなら男に生まれて騎士団に入りたかったですわ」


 投げやりな言い方になってしまった。そんな私の態度をみて、点数稼ぎのために妹思いを演じているのか、裏があるのかカーネリアンも私の真意を測りかねているようだった。少し残酷な気持ちが芽生える。


「それでも、グラウヴァイン様には妹との結婚もおすすめはできかねますけれど。あの子が失礼をしすぎて、我が家が取り潰しになってしまうかもしれませんもの。……私ですか? 選択肢にも入らない人間ですのよ。だって、ほら」


 カーネリアンの手にウイッグの毛先を握らせる。触ってみれば地毛ではないことは一発でわかるはずだ。


 髪の色は属性を、長さは魔力を蓄えているアピールだ。年頃の女性が地毛を隠してウイッグを被っているなど貴族としてはありえない。結婚をあきらめていると言っているも同然だ。


「まさか、あの事件の被害者が君だったのか……」


 学園の卒業記念舞踏会で髪を切られた生徒の噂ぐらいは届いていたのだろう。カーネリアンは貴族にあるまじき、表情をとりつくろいきれない顔で俯いてしまった。


 いままで感じたことのないような(くら)い快感で眩暈がした。


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