27.ヒロインのチート
「先日は大変申し訳ありませんでしたっ」
突然モモカが研究室にやって来てそう言ったときには、「攻撃」のことを詫びられているのかと思ってしまった。どうやらそうではなく前回研究室であらぬ疑いをかけた件についてらしい。
お詫びにとモモカが銀の皿にのせて持参したのは豆大福だった。研究室内にいるスターリング、オニキス様、クリスティアーネの誰一人としてそれが何かはわからないようだった。私も面倒に巻き込まれないように知らない振りをする。
「これは私の故郷で愛されている『マメダイフク』というお菓子です。オニキス様のために一生懸命作りました!」
私もオニキス様にさんざん手作りのお菓子を食べさせて来たなと思うと、モモカのこの行為はほほえましいような恥ずかしさで倒れそうな微妙な気持ちになった。モモカはオニキス様に食べて欲しそうに上目遣いで見上げている。けれど、週末の攻撃のこともあり、そう簡単に口には入れられない。
精霊の愛し子様が持参した食べ物を疑うなど不敬にあたるけれども、彼女の態度からすれば媚薬の類が盛られていないとも限らない。そもそも、豆大福など見たこともない彼らには食べ物としても抵抗があるだろう。絶対あきらめない構えのモモカを前にして場は膠着していた。
「あっ、沢山持ってきましたので皆さんも是非どうぞ!」
通常であれば、先ぶれもなく突然持参した菓子を食べろなどと迫る貴族はいない。けれどモモカは元日本人だ。しかも高校生くらいの年頃だったのではないだろうか。あの年頃特有の万能感と無邪気さで無理を迫る。
「そ、それでは私が頂いてもよろしいでしょうか」
仕方なく私が毒見を買って出ることにした。万が一、媚薬や毒が盛られていて私の身に何かがあったとしても、オニキス様とスターリングの二人で対処できないことはないはずだ。なにより、何年ぶりかの和菓子の誘惑に逆らえなかった。
クリスティアーネが心配そうに見つめる中、取り皿に乗せた豆大福を一口大にナイフで切ってフォークで突き刺し口に入れる。モモカは、豆大福をそんな食べ方をするなんて、と呟いていたがさすがに手でつかんで食べるわけにもいかない。柔らかな餅の感触がなつかしい。餡は砂糖が多すぎる気がしたけれど全体的には上出来と言っていいだろう。
「美味しい……です。とても。モモカ様はお菓子作りがお上手なのですね」
もち米も小豆もどこで手に入れたのだろう。聞いてみたいけれど、私が日本人の記憶を持っていることをモモカに悟られてはいけない気がしていた。
「本当ですか! お口にあって何よりです。さ、オニキス様も食べてください。精霊さんに頼んで特別な畑でそだてたお米と豆でつくったのです」
さすがヒロインだけあってチート力半端ない。私ももち米と小豆を手に入れられるチートが欲しかった……。
私が食べてからしばらく異変がないことで安心したのか、クリスティアーネとオニキス様も同じように一口口に運ぶ。穏やかにほほ笑んでいるけれど、二人の口には合わなかったようで、二口目が進まない。
「さあ、モモカ様、遅くならないうちにお帰り下さい。従者が心配しておりますよ」
結局一口も口にしなかったスターリングがこれで義務は果たしただろうとばかりにモモカを部屋から追い出しにかかる。
「オニキス様、今度はお家に遊びにいってもいいですか?」
去り際にモモカの残した言葉にオニキス様はあいまいな微笑みで答えた。
……押しは強いけれど基本的には根はいい子なのだろう。
恋敵でなければ友達になって一緒にお菓子作りをしたのにと残念な気持ちになった。
「リア君、クリスティアーネ君、こちらを向きなさい」
モモカの姿が完全に見えなくなると、スターリングが険しい顔でそう言い放った。反射的にそちらを向いた私たちの目の前で両手がパンと叩かれる。
「二人とも、モモカ様に魅了されかかっている」
びっくりしてクリスティアーネと顔を見合わせる。ついさっきまでのモモカと友達になりたいという気持ちは霧散していた。
「私、どうしてオニキス様はモモカ様の魅力がわからないんだろうって思ってしまっていました。モモカ様には姉がさんざんな目にあわされたというのに……」
「私もモモカ様と友達になって一緒にお菓子を作ったら楽しいだろうなって……」
いつ、どのタイミングで魅了を掛けられたのか全くわからなかった。
「オニキス、モモカ殿は本当にお前の館に押しかけるつもりだぞ」
スターリングが忌々し気に言うのが不思議だった。政略結婚の相手として精霊の愛し子様というのはかなり好条件の相手なのではないだろうか? 確かにモモカには魔力が一切ないけれど、スターリングからすれば、子供は私に産ませればいいので関係ないだろうし。
……それに、魔力がないことはオニキス様の伴侶になるにあたってとても重要な資質なのではないだろうか。
「そういえば、クリスティアーネ様のお姉様はモモカ様に何をされたのか、差し支えなければ教えていただけないでしょうか?」
「でしたら、姉から直接話を聞く機会を設けましょうか。……姉はモモカ様の件でかなり参っていて、鬱憤晴らしにお付き合いいただく形になってしまうのですが」
卒業記念舞踏会からもう数ヶ月は経つというのに未だにモモカにストレスを溜めているとは本当に恐ろしい。ちょうどスターリングに挨拶に来る機会があるとのことで、その時にお話をさせていただくことになった。
「モモカ様が乗り込んでこないように、どこか別にお部屋を借りておきますね」