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22.夜の散歩

 

 館に戻るとさっそく私はケヴィンに召喚獣の研究について相談した。いきなりオニキス様に話を持っていくと、オニキス様が研究したがってしまうかもしれない。ケヴィンからは、畑を耕すのに召喚ミミズがたくさん要ることにして欲しいと頼まれた。


「リア様が先に相談してくださって助かりました。ただでさえ最近は例の髪を伸ばす研究のために登城を渋りがちなのです」


 ちなみにケヴィンに託した私の髪はまだオニキス様には内緒にしているという。まあ、それが正解でしょう。


 いつものように食事とダンスのレッスンをこなす。特訓の成果か、クリスティアーネを間近でみているおかげか、マルガに注意されることも大分少なくなった。ダンスの時も私の邪な気持ちは間違っても読まれてはならない、と細心の注意を払って魔力制御をしてステップに集中した。


「でも、お食事やダンスなどは基本中の基本ですからね。まだまだ学んでいただくことはたくさんありますよ」


 貴族生活って本当にたいへん。社交を面倒がるオニキス様の気持ちがとてもよくわかる。


 ***


 ディナーのさくらんぼのお酒が甘くて少し飲みすぎてしまった。ダンスのおかげで酔いも回ってしまったようだ。


「すこし庭を散策してきたらどうですか。夜にだけ香りが強くなる花もあるので、昼間とは違った風情がたのしめますよ」


 マルガにそう言われてストールを羽織って庭に出る。ABCD令嬢を呼びつけたときには「外部から不審者が」と方便をつかったけれど、王国の盾と称されるグラウヴァイン邸の守りを破れるのは地獄の番犬(ケルベロス)古代竜(エンシェントドラゴン)くらいですよと笑われた。だからこの館には警備もいないし、そもそも人が少ないのかと合点がいった。信用して招き入れた人間が掌を返した時の方がリスクが高い。


 クチナシのような強く甘い香りが漂う場所を探して歩いていくと白い花をつけた低木の群生があった。一通り香りを楽しんだ後は、その先にある芝生の一帯を目指す。寝転がってこの夜空を堪能したい、と思ってしまったのはやはり酔っているせいかもしれない。


 芝生には先客がいた。

 マルガに庭に行くように言われたときに予感はあったのだ。


 巨大なクッションのようなものに寝そべっている人影に声をかけると、すらりとした長身が立ち上がる。そしてなぜか巨大クッションがしっぽのようなものをパタパタと振っている。頭が3つある巨大な犬。ケルベロスだった。


「リアにキメラを育ててみろと言った手前、自分でも育ててみたのだ」


 ニコニコしながらこともなげに言うが、育ててみたというサイズではなかった。立ち上がったそれは軽自動車くらいの大きさがあった。


「う、わー……モフモフですね……」


 オニキス様はケルベロスに「伏せ」の合図を送ると私に寝転がってみるように促す。さっきまでオニキス様がしていたように、モフモフのお腹を枕に体をあずけて横になる。思ったよりもひんやりとした感触は上等なラグのようでずっと触っていたくなる。召喚獣なので当たり前かもしれないけれど獣の匂いも全くしなかった。


「オニキス様も星を眺めにいらしたのですか?」


「こうやって眺める夜空は格別だろう」


 オニキス様も隣に横になると次々と星座を説明してくれる。けれど、はじめて聞く名前の星座ばかりでまるで頭に入ってこなかった。北斗七星っぽい並びの星を大荷車座と呼ぶことだけは覚えた。モフモフの心地良さとオニキス様の低く穏やかな声、ちょっと酔っていい気分なのも加わってどんどん眠くなってきてしまう。


「こら、風邪をひくから眠るのならもう部屋に戻りなさい」


「いやです。ここでもっとオニキス様のお話を聞いていたいので……す……」


 風に乗って時々届くクチナシの香りとは別のいい香りがする。オニキス様の香油の香りだろうか。前に馬に乗せてもらった時にもこの香りがした。大好きなオニキス様の匂い。また抱っこして馬に乗せて欲しい。シュパーゲル狩りも楽しかった。あんなに美味しい白アスパラ食べたことない。


 桜も綺麗だった。お(じゅう)を持ってみんなでお花見も楽しいけど本当はオニキス様と夜桜デートがしたかったのに。


「リア。 考えていることが全部口に出ているぞ」


 ちょっと苦笑いをしているようなオニキス様の声がして、軽く鼻がつままれる。鼻ももうちょっと高くなりたいな。歯並びもすこし直せればジェイドにナットムルアだなんて言われないのに。でもマルガに着せてもらったドレスは本当に素敵だった。オニキス様もちょっとは可愛いって思ってくれたかな。


 いつの間にかオニキス様が髪をなでてくれていた。


「ふふ。オニキス様の大きい手、だーい好き……」


 ワルツの練習の時の白い手袋も素敵だったなー。私のドレス変じゃなかったかな。今日はとうとう胸の詰め物もしないで着れたんだから。いつかオニキス様のこの手が私の……


「リア! 頼むから一度ちゃんと起きなさい」


 急に大きい声を出されてびっくりして跳ね起きた。


「オニキス……様? わっ、ごめんなさい」


 気が付けばオニキス様の左手を抱え込むようにして眠ってしまっていた。いびきをかいてしまっていなかったかが気になる。


 呆れたような怒ったような困ったような照れたような顔のオニキス様に「他の男性の前では絶対に酒を口にしないように」と注意されて、なんだかよくわからないままその日は床についた。

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