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21.断罪イベントが不発だった理由

 

 現代日本で技術職にも企画職にも就いていなかった自分に、この世界で爆発的にヒットする新商品開発は難しい。そう結論付けて、召喚獣の育成を研究のメインで進めていくことにした。キメラのキティに人を襲わせるつもりはないけれど、とにかく大きく強く育てておきたい。


 冗談だとは思うけれど、オニキス様の言う「殿(しんがり)で犠牲になる」の言葉が引っ掛かっていた。こういう嫌な言霊(ことだま)っぽいワードはちゃんと拾って対策しておかないと結構な確率で後悔することになる、というのは社畜時代に嫌というほど学んだ。


 アンデッド狩りをさせている召喚ミミズは討伐対象を固定して成長に変化があるか試している。ドはスケルトン、レはレイス、ミはゾンビだけを狩らせるのだ。ファ・ソ・ラは訓練用の森でスライム・ホーンラビット・ポイズントードだけを狩らせる。紫の三つ又ミミズのケルベロスは比較対象がないので検証には利用しにくい。キティと同じように育てて変化があるかを見ていくことにした。


「うーん。もっとサンプルが欲しい……」


 週末にオニキス様に相談してみよう、と仮説を検証するための手順をレポートにまとめる。羊皮紙ではなく植物性の紙が気軽に使えるというのもありがたい反面、現代知識でチートできる余地のなさを思い知らされる。まあ、紙()き体験すらしたことがないので、仮にここが羊皮紙しかない世界だったとしても紙なんて作れないのだけど。


「リア様はいつも難しい顔をなさってるのね」


 そう声をかけてくれるのはクリスティアーネだった。授業のあと毎日スターリングの研究室にやってくる彼女とは時々世間話をする仲になっていた。だいたい、スターリングが今日いかに素敵だったかを聞かされることが多い。私からすればスターリングは容赦のない策士で氷のような冷血漢なので、クリスティアーネが心配になってしまうが、クリスティアーネに言わせるとそこがいいのだという。


「スターリング先生は当家に必要な資質を全て持っていますもの」


 目的のためには手段を選ばない冷酷さもその資質なのだと言う。絶対に在学中にスターリング先生を射止めてみますわ、と言い放つクリスティアーネは力強く美しくて年下だとは思えない自信と威厳に満ちていた。これが高位貴族令嬢のあるべき姿なのだろう。


「スターリング先生は私を甥のオニキス様と縁づかせようと画策なさっているみたいですけれど……、あの方は恋人としては魅力的ですけれども貴族としての自覚に欠けてらっしゃいます。社交の場にもほとんど顔をだしませんし。……まあ、そちらは()()()()()に頑張っていただけると信じておりますわ」


 ふいに昔の名前で呼ばれて心臓が跳ね上がった。私の素性もスターリングの計画もなにもかも把握している、そう言いたいのだろうか?


 どう反応していいかわからず黙っている私を無視してクリスティアーネは続けた。


「利害が一致している間はクラウゼヴィッツ家はリア様の力になりましてよ。覚えておいてくださいませ」


 普通に受け止めれば心強い言葉なのだけれど、なぜだか背筋が寒くなるような響きがあった。……スターリングとこの部屋では絶対に二人きりにならないようにしよう。私が女だということがバレているなら、あらぬ誤解をされてはたまらない。


 ***


 そんな訳で、学園での私の主な居場所はスターリングの研究室ではなく図書館になった。放課後の食堂もカフェテリアとして開放されているので書き物をしないときはここを利用することも多い。


 最近の学生たちの噂で気になるのはやはりリーゼのことだった。授業を中座することが多くなった、顔色が悪い、洗面所にこもりきりになっていたなどと同じクラスの学生たちが話している。まだ低学年ということもあってかそれが妊娠によるものとは結びつかずに、なにか悪い病気なのではないかと思われているようだった。


「だって、リーゼ様のお姉様ってご病気で(はかな)くなられたってお聞きしましたわよ」

「あら、転地療養されているのではなかった?」

「まさか、リーゼ様も同じご病気に……?」


 急に私の話がでてなんとなくあたりを見回してしまった。もちろん、その姉である私がここにいると知っている学生はおそらく存在しない。クリスティアーネのことがあるから油断はできないが。そんな噂のせいでリーゼが同級生から距離を置かれている場面をみることもあった。以前は何人も連れだって一緒に食堂に来ていたが、今日はリーゼの姿はない。


 リーゼのことを心配するほど私はお人好しではないけれど、体調不良の原因が私のせいにされているのも気がかりだし、つい姿を探してしまう。


 ……リーゼとジェイドが既成事実を作ってしまえばいいと、一瞬思ってしまった罪悪感もないではなかった。


 ふと窓から中庭をみると、外の木陰のベンチにリーゼとモモカの姿があった。精霊の愛し子であるモモカは病気にならない。それだけが理由ではないだろうけど、モモカはほかの学生たちのようにリーゼと距離を置くこともなく、むしろ孤立しているリーゼをかばうように一緒にいる。


「精霊の愛し子様はこんどは何を考えてらっしゃるのかしら?」


 モモカとリーゼの親密な様子を不穏だと思っているのは私だけではなかった。クリスティアーネも冷ややかに二人の様子を観察していた。


「こんど、というのは? モモカ様が以前なにか……?」


「去年の今頃はモモカ様は第一王子にご執心でしたのよ。私の姉の婚約者だと知っていたはずなのに」


 あっ、と思い当たる節があった。たしかに、私がまだ在学生だったとき、モモカは第一王子であるアダマントのルートを攻略していたように見えた。だから、卒業記念舞踏会では当然、断罪イベントが発生すると私も思っていたわけだし。


「舞踏会の時も大変でしたわ。スターリング先生がいらっしゃらなければ今頃どうなっていたか」

「何かあったのですか?」


「モモカ様は無意識に……好意を持った相手を魅了するのです。モモカ様の守護精霊の加護なのでしょう。舞踏会の席でアダマント様は姉に婚約破棄を言い渡そうと画策なさっていたの」


「それで……?」


「スターリング先生が計画に気づいて、急遽姉を欠席させましたの。あのような場で恥をかかされるわけにはいきませんから。でも、不思議なことに突然モモカ様の魅了の効果がなくなったらしいのです。憑き物が落ちたとでもいえばいいのかしら?」


 どういうことだろうか。私のように異世界の人間に憑依されたのだろうか? あるいは、好意の対象が急に変わった? ……それは、誰に?


「本当に面倒な方ですわ」


 クリスティアーネのその言葉には深く頷くしかなかった。

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