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20.やきもちとチョコレートプディング

 

 週末は館に戻ってダンスの練習だった。学園の授業で社交界で必要なダンスは一通りならっていたのでステップは覚えている。オニキス様と初めてのダンスだというのに、スターリングとクリスティアーネのことばかり気になってしまい気もそぞろになってしまう。おかげで、オニキス様とあれほど密着していたのに魔力制御が完璧にできてしまい、なんだか褒められてしまった。


 この夜はシガールームへのお誘いもなく早めに床についた。


 翌朝は早々にマルガにたたき起こされ、エプロンドレスのような軽装に着替えさせられる。バスケットを渡されて連れてこられた先は庭園の奥の小さな果樹園だった。


 おなじみのブルーベリーに、黒に近い紫色のブラックカラント、指先ほどのサイズの緑色が美しいグーズベリー、小さな赤い宝石を敷き詰めたようなラズベリーがたわわに実っていた。すこし見慣れない平べったい形をした桃もそろそろ食べごろだと言う。


「リア様、考え事をするときは何か作業をしながらがいいですよ。つまみ食いをしてもいいので沢山集めておいてくださいませ」


 マルガにも心配をかけてしまったようだ。さりげない気遣いがうれしい。


 どの位に色づいた果実が食べごろなのか試しながら採取していると、だんだん思考がクリアになっていく。そもそもこういう単純作業が昔から嫌いではないのだ。食べごろのブラックカラントをあらかた取り終わりラズベリーの熟れ具合をチェックしていると庭園のほうから誰かがやってくる気配があった。


「やあ、リア! 休みの日なのにこき使われているな」

「オニキス様? おはようございます。どうされたのですか?」


 声をかけると、オニキス様は蓋のついたバスケットとジャグを持ち上げて見せてくれる。バスケットの中身はサンドイッチとチーズやソーセージなどの総菜だった。果樹園で早めの昼食をという趣向らしい。


「マルガから、リアがそろそろお腹を空かせている頃だろうと言われてね」


 休憩用の東屋にオニキス様が手早くテーブルクロスやカトラリーをセッティングをしていく。摘んだばかりのブラックカラントをグラスに放り込み氷のたっぷり入ったジャグから炭酸水を注ぐ。


 サンドイッチには見たことのない具材が挟まれていた。聞くとスモークターキーにラズベリーのゼリーをあわせたものだと言う。おそるおそる食べてみるとターキーの塩気とラズベリーの爽やかな甘さと酸味が引き立てあってとても美味しい。


「ようやく元気になったようだな」


 やはりオニキス様にも心配をかけてしまっていたかと反省する。そもそもスターリングの思惑がどうであれ私が成果を上げれば済むことなのだ。それに冷静に分析してしまうと、この気持ちはクリスティアーネの片思いを心配する気持ちなどではなく、オニキス様の隣に非の打ちどころのない彼女が収まることへの不安なのだと思う。要は子供っぽいやきもちだ。


「心配をかけてしまってごめんなさい。なかなか思うようにいかないことが多くて……」


「そうなのか? 昨日はだいぶ立ち居振る舞いが洗練されたとケヴィンもマルガも感心していたぞ」


「そうですか……。実はスターリング先生の研究室にクリスティアーネ様がいらっしゃるようになったので、お手本にしていたのです」


 迷ったが、クリスティアーネの名前を出してしまった。彼女の名前を耳にしたオニキス様の反応が見たかった。


「クリスティアーネ嬢? とはどなただったか……」


「クラウゼヴィッツ侯爵家の二番目のご令嬢です」


 家名を聞いてもあまりピンと来ていないようだった。スターリングから何も聞いていないのだろうか。とぼけているのかとも思ったけれど本当に知らないようだった。


「社交界には疎くてな。すべてスターリング任せにしてしまっている」

「オニキス様は研究第一ですものね」


「そうだな。宮廷に出仕するのももう少し減らせないものだろうか」

「筆頭宮廷魔術様が何をおっしゃいますか。ケヴィンに怒られますよ」


「あれはな、騎士団でどうにもできない敵が出たときに殿(しんがり)で犠牲になれという役職だ。キティにでも務まる」


「そんな……。でも、だったら私キティをもっともっと大きく育ててオニキス様を助けに参ります」


「それは助かるな」


 褒美にこれをやろう、とオニキス様がバスケットから手のひらに収まる大きさのココット皿を取り出す。ひんやりとした器にはチョコレートのプディングが詰められていた。カスタードプリンのプルプルとした食感ともムースのような空気を含んだ食感とも違い、ねっとりと滑らかで、プリンというよりプディングと言いたくなる味わいだ。コーンスターチのようなでんぷんで粘度を上げているのだろうか。


 そのままでも美味しいのに、オニキス様はさらにバスケットからフィンガービスケットを取り出しプディングを一掬いすると、その上にラズベリーを載せたものをひょいと私の目の前に差し出す。反射的にそのまま口に入れてしまった。着実に餌付けされている。


「わっ、これ、おいしい! もうちょっとチョコが多いのが好きです」


 そう感想を言うと、オニキス様は笑いながらチョコレートプディングを多めに載せてもう一つ作ってくれる。また直接食べさせてもらう時に、唇にオニキス様の指が触れた。細くて繊細な指先。この指がいつか私に触れる日のことを思わず考えてしまいそうになる。いけない。こんな(えっち)なことを考えているのをオニキス様に知られたら。


「そ、そういえばオニキス様、チョコレートの入らないカスタードプディングはあるのですか?」


 ついつい慌てて声が裏返ってしまった。


「カスタード?」

「はい。卵と牛乳と砂糖を蒸してプディングにしたもので、このチョコレートのプディングよりももっと弾力があってカラメルで食べるのですが」


「どうだろうな。チョコレートの入らないものにカラメルソースをかけたプディングはあるが、食感はそう違わなかった気もするが……。ああ、リング状に作ったプディングはもっと弾力があったか……?」


 プリンに似たようなものはありそうだった。私が後発で作ったとしても簡単に一攫千金とはならないか。


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