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18.まるで乙女ゲームのような一日

 今日はオニキス様が市場調査ということで王都に連れて行って下さるという。朝からマルガが街歩きが出来る服装を選んでくれている。どうしたことだろう、この乙女ゲームのような展開は。まさか、私のこの状況がオニキス様攻略の裏ルートだったり……? はさすがにないか。


 とはいえ、デートだなどとはしゃいでいられる状況でもない。私がよっぽど難しい顔をしていたのかマルガに心配されてしまった。


「リア様、お化粧ができないので眉間にしわを寄せるのはおやめ下さい」


「ごめんなさい。市場調査と聞いてついつい考え込んでしまって」


「まあ! それは口実ですよ。オニキス様は王都のお菓子を食べたいだけですから、そんなに気負わなくても大丈夫ですよ」


「そう……なのかしら?」


 ともあれ、支度をすませて玄関ホールに向かうと、黒髪を緩く三つ編みに結んで心持ち庶民的な雰囲気になっているオニキス様が待っていてくれた。夕べの正装に比べるといつものオニキス様という感じでちょっと平静でいられる。


「おはようございます。今日はお付き合いいただきありがとうございます」


 スカートをちょこっと持ち上げてレディらしく挨拶をすると、オニキス様も左手をお腹のあたりに当てて、膝を折り曲げるボウ・アンド・スクレイプで返してくれる。頭を下げた拍子に左耳に下げられた細長い耳飾りが金色の光を反射して揺れた。


 ***


 まるでテーマパークのような可愛らしく活気あふれた街並みに心が弾む。


「さあ、リア嬢、どこから見に行きますか?」


「あの、オニキス様、昨日はそんなに気にならなかったのですが、いつものオニキス様の恰好でリア嬢と呼ばれるのがちょっと慣れないのですが……」


「む、そうか? では()()、どこの店を見に行きたいんだ?」


 以前のように「子供」と呼ばれるかと思っていたので、不意打ちでリアと呼び捨てにされ頬がカッと熱くなってしまう。それは破壊力抜群です、オニキス様。そんな私をみてオニキス様が笑いを隠しきれていない。


「どうした、リア? 頬が赤いぞ、リア」


 わざと耳元で何度も名前を呼んでからかわれる。


「オニキス様!? もう、そんな意地悪をするならあのお店にはいってもらいますからね」


 私が指さしたのはパステルピンクの外壁に星のオーナメントがいくつも吊るされたいかにも少女趣味の店舗だ。男性が入るには似合わない雰囲気の店だけどお構いなしにドアを開ける。オニキス様はニコニコしながらまったく躊躇なく私のあとに続く。装飾品と雑貨の店のようだった。


 意地悪で選んだ店だったのに中に入ると色とりどりの宝石を使った飾りの煌めきに圧倒される。しばし、オニキス様への仕返しだということも忘れて見入ってしまった。そうえいば、ゲームではヒロインが攻略対象の瞳の色の髪飾りを買ってもらっていた覚えがある。なので、ついつい黒い石に目が行ってしまう。


 私がそんな風に棚に目を奪われている間にオニキス様はなにかを買っていたようだった。店をでると手を出すようにいわれる。手の上にちょこんと乗せられたのは薄紫の猫の形をしたサシェだった。首輪がわりにリボンが巻かれ中心部にアメジストのような紫色の石のチャームが下がっている。ラベンダーのような香りがふわりと漂う。


「かわいい……。あとすごくいい匂いがします」


 しかしどうしてサシェを、しかも紫色? 私がキメラのキティを可愛がっていたからだろうか。香りのするものを人に贈ることになにか意味があっただろうか。モヤモヤ考えているとなぜかオニキス様がチャームを外そうとする。


「オニキス様? 何を?」

「この石は魔力を含んでいるぞ。あとで何か召喚できるか試してみるといい」

「ええー?」


 そしてサシェ部分を雑に胸の内ポケットに仕舞おうとしたため慌てて返してもらった。


 オニキス様は意外そうに「リアはまだぬいぐるみが嬉しい年頃か……」などと明後日の方向に納得している。


「ほら、リアの好きそうな店があるぞ」


 そう言われて入ってみたのは店内で飲食もできる菓子店だった。ガラスケースに入った生菓子を選んでコーヒーやお茶とともにいただくことができる。私はドーム状のケーキに削ったチョコレートとさくらんぼがデコレートされているものを1カットとりわけてもらう。オニキス様は砕いたクッキー生地と赤紫色のセロリのようなものが散らされた素朴な見た目のタルトを選んでいた。


「それはなんですか?」

「ルバーブのシュトロイゼルだ」


 そう教えてもらってもさっぱりわからない。どんな味なのだろうとみているとオニキス様はフォークで一口切り分けて私の口の前に差し出す。恋人同士なら甘い仕草なのだろうけど、どうしても小さい子供あつかいというかペットへの給餌のような雰囲気が漂ってしまうのがいかんともしがたい。


 ありがたく食べさせてもらうと水気を含んだルバーブの強い酸味と甘くこってりしたカスタードのフィリングにほろほろとしたクッキー生地が適度な歯触りを加えてとても美味しい。


 ふと、前にケヴィンが言っていた口にした物から魔力を読んでしまう話を思い出す。フォークを共有して大丈夫なのかなと思ってみていると新しいものを持ってこさせていた。やはり間接キスもだめなのか。ん? ということは……?


 いや、深く考えないほうがいい、今は。慌てて自分のさくらんぼのケーキ(キルシュトルテ)を口に運ぶ。オニキス様がまたしても笑いをこらえたような顔をしている。


「リアの考えていることなど、魔力の揺らぎを読まなくてもすべて顔にでている。心配せずともよい」


 そう言うと私の口の端についていたチョコレートクリームを親指で(ぬぐ)ってそのまま自分の口に運んだ。子供扱いにもほどがある。


 ***


 馬車でグラウヴァイン邸に戻るとマルガがやけに興奮していた。早く部屋に戻るようにと急かす。


 なにをそんなに興奮しているのかと部屋に入ってみると、小さな包みがローテーブルの上にどっさり並べられていた。二人で手分けして開けていくとどれも黒い縞瑪瑙(オニキス)を使ったアクセサリーだった。私が店で眺めていた髪飾りもあった。


「リア様がお戻りになる少し前に、王都の宝飾店から届いたのです。オニキス様、棚にあるものを全部買い付けたそうですよ」


 いや、確かにオニキス様の瞳の色の髪飾りが欲しいと思ってはいましたけれども、ねえ?


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