14.不義を働いた娘
学園の春休みも残すところあと2日となったある日、スターリングから呼び出しがあった。リーゼとACD嬢は新学期の支度のため、すでにこの館を離れている。
応接室へ向かう廊下ですれ違ったのはブライトナー家の当主夫妻、私のお父様とお義母様だった。メイド服に身を包み、廊下の端で頭をさげる私を娘だとは全く気付かず通り過ぎる。なぜ二人がここに、と気にはなったがスターリングの待つ応接室へ向かった。
「ユーリア君。久しいな。座りたまえ」
席に座ると、お茶の用意のために控えていたメイドが退室する。聞かれたくはない内容の話ということだろう。
机の上に置かれている白い布の包みには見覚えがあった。私がブライトナー家の自室に置いてきた髪が、なぜここに?
「どうやら君は懐妊したらしいな?」
カイニン……かいにん……解任? 意味がわからなくて返事ができない私を見てスターリングが楽しそうに続けた。
「君のお腹に子供がいると君の両親が伝えに来て帰った」
全く身に覚えのないことを突然いわれても困る。
「まあ、本当に君が懐妊したのならば相手は間違いなくオニキスだろうから何も問題はなかった」
「はい、いえ、は?」
スターリングは口の端だけで笑う。
「ブライトナー家の『娘』が婚約者の館に滞在中に他の男と不義を働いたことを当主が詫びに来た」
「はい……」
「グラウヴァイン家への詫びとして、そして『娘』を勘当し身分を平民へ落としたことの証明として、これを持参した。ああ、ついでに平民に落とした娘は好きに処分していいそうだ」
スターリングの視線の先には白い布の包みがあった。確認しろと目で示され、包みを広げる。間違いなくあの卒業記念舞踏会の日にリーゼに切り落とされた私の髪だった。
「……私の、髪です」
「不義を働き、婚約者ではない男の子供を身ごもり、勘当され、平民に落とされた挙げ句断髪された『娘』は妹のリーゼ・ブライトナーではなく姉のユーリア・ブライトナーということだ。ユーリア君」
あの人たちは、なぜそんな出鱈目が通じると思っているのだろうか。
「……という建付けで、男爵家の取り潰しだけは回避したいという話だな」
「まさか、スターリング先生……?」
「ブライトナー家は今は男爵家だが、生まれてくる子供は侯爵家の血を引いている。母親であるリーゼ君の魔力量からして、侯爵家が認知するような高い魔力を持つ子供が生まれる可能性は低い。……それでも万が一はある」
侯爵家というのはジェイドの実家のことだろう。やはりリーゼの相手はジェイドだった。
「グラウヴァイン家としては何の損失もなくダールマイアー侯爵家の弱みを手に入れられる可能性がある。ブライトナー男爵家の浮沈などどうでもいいが、謝罪を受け入れることにした」
「……私は、どうなるのですか」
指先がどんどん冷たくなってきた。考えなくてはならないことはたくさんあるのに、頭に靄がかかったように思考がまとまらない。
「メイド兼菓子職人見習いとしてこの家で働き続けることはかまわない。ただし、部屋は今の客間から使用人部屋へ移ってもらうが」
「はい……」
「ただ、以前約束したからな。リーゼ君がオニキスの妻の座を諦めれば君の願いを叶えると」
「私の、願い……」
「君が、真に欲しさえすれば、髪など短くてもオニキスの婚約者に返り咲く目はあった。だが、男爵家令嬢の身分をなくし、社交の場にも出せない短い髪の娘をオニキスに縁付かせるわけにはいかない」
スターリングが私をじっとみている。試されている。
「私は、オニキス様の伴侶にふさわしい人間になりたい。それが私の願いです」
「君が? どうやって」
スターリングの口調が厳しいものになる。本気で私の心を折りにきている。けれど、私はこの展開に既視感があった。ゲームでヒロインが第一王子の妻となる覚悟を問われた場面。
「……私は、爵位を賜れるほどの功績をあげてみせます」
スターリングの目が愉悦を帯びて輝いている。私が何をやるか興味を持たせることには成功したようだ。
たしか、あの時ヒロインにはいくつかの選択肢があったはずだ。ヒロインが「精霊の愛し子」だったから成し得たことがほとんどだけれど。
カーネリアンについて騎士団の後方支援で多大な功績をあげるルート。
ジェイドに出資させてマヨネーズを開発して莫大な富を得るルート。
スターリングの研究室で精霊の加護についての研究成果を上げるルート。
「いいだろう。2年の猶予と学園での私の助手の地位を与えよう。ただし、2年で結果を出せなかった場合には相応の対価を払ってもらう」
「対価ですか?」
「君には、オニキスの正妻となる貴族令嬢の子を産んでもらう」
私はスターリングの目をまじまじと見つめた。冗談で言っているのではないことがわかる。
「君とオニキスの血を引く子供であれば、グラウヴァイン家が認知するに値する魔力を持つだろう、ということだよ」
視界がぐらりと揺れた。真っ青になった私を、立ち上がったスターリングが満足そうに見下ろしていた。