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11.不穏な気配

 

 レシピの改善やパイに美しい模様をつけるのは独学よりも教わったほうが効率がいいだろうと、図書室のあとは館の厨房に向かった。邪見(じゃけん)にされたらどうしようと心配していたが、午後の暇な時間だったので飾り切りの得意なテオという料理人が親切に相談に乗ってくれた。


 厨房で働く人たちの間では、私の評価は「小さい子供が頑張っている」ということになっているらしい。小さい子じゃないんだけどねえ。実家での生活で栄養が足りず発育が悪いことに加え、この短い髪で子供だと思われているようだった。


 ラム酒や赤砂糖(カソナード)をいれて香りを出す方法や、ピスタチオや果物のコンポートを使うアレンジを教えてもらう。パイの模様は中心から外側にゆるい曲線を引く太陽のモチーフを勧められた。線の数を増やせば増やすほど難易度があがるので、練習の成果を出しやすいそうだ。


 美しくておいしいパイが焼けたらオニキス様はまた褒めてくれるだろうか。ついついそんなことを考えてしまう。厨房のみんながおやつに食べてくれると言うので、手のひらサイズのパイをいくつも焼いた。


「小さいサイズで上手に飾りが出来たらパイのサイズを少しずつ大きくして練習するんだ。酸味のある果物で味にアクセントをつけるのもいいぞ」


 そう言ってお土産に今の季節にはまだ珍しい苺まで持たせてくれた。


 厨房の人たちが親切にしてくれるようになったのとは対照的に、館の部屋の整備をしてくれるメイドたちの態度が妙によそよそしくなった。


 普通に考えれば仕事も碌にできない小娘が客室に泊りながらメイドの真似事をしているのだ。ほかのメイドから反感を買うのはある意味当たり前ともいえる。しかしこの館の使用人は皆、初めから私に親切にしてくれていた。


 最近、オニキス様の厨房に入り浸っているせいで、なにか誤解をされているのだろうかとも思ったが、そういうことでもなさそうだ。


 ただ、目が合いにくくなったり、私が現れると急におしゃべりをやめたりする場面が増えたりした。最初のころは気のせいかと思っていたがだんだんあからさまに目を反らすメイドが増えて来たので、思い切って仲の良いマルガを捕まえて聞いてみることにした。


「ユーリア様の気のせいだと思いますよ……。今はみな忙しい時期ですし……」


 そんな風に言って目を伏せるマルガの態度がもうよそよそしい。


「私に至らないことがあれば直します。なにか知っていたら教えてもらえないでしょうか」


「その……、ユーリア様の問題ではないのです。それに憶測も混じっている話なので……」


 渋々といった感じでマルガが話してくれた内容は耳を疑うものだった。


「すこし前にリーゼ様のベッドのシーツが汚れていたことがあって……。月のものでお汚しになることもありますし、その時は担当した者もあまり気にはしていなかったのですが……。ここのところ、ひどく寝台がお乱れになっている日が続いていて」


「それは、まさか、リーゼがどなたかと?」


 心当たりはあった。夜中に軽微な攻撃の気配を感じで起きた日。次の朝リーゼは妙に機嫌がよく、そして眠そうにしていた。あの衝撃は破瓜(はか)のその時だったのではないか。


「もちろん、お相手がオニキス様であれば、(わたくし)たちが何かを思うことはございません。ですが、そうした日の早朝にジェイド様をお見掛けしたメイドが複数いて……」


 たしかに館の主人とその婚約者候補が(ねや)で何をしようとも問題にする話ではない。ただ、リーゼを「癇の強い子供」と評したオニキス様の態度や人柄を考えれば、リーゼの相手がオニキス様だとは考えにくい。彼を長い間知っているメイドたちなら、なおさらそう判断するだろう。


「それに……、ベティーナ様が明日お帰りになられます。ここのところずっとリーゼ様と二人で親密そうにしていらしたのですが、徐々にご様子がおかしくなって」


「おかしく、というのは?」


「これはダニエラ様もなのですが、お話になる内容に、当家への不満が……見当違いの中傷のようなものが増えていて。加えてベティーナ様は悪夢で目覚めることが増えて徐々にお(やつ)れが目立つようになったため、側仕えの判断でお帰りになることを決めたそうです」


「それはリーゼが何かしたということでしょうか」


「リーゼ様がよくお話になっていた『妻を何人も殺めた城主の話』に相当影響されているようだ、というお話を聞きました」


 図書室で楽しそうに「青髭」の童話を話していたリーゼの姿が思い起こされる。たしかに、リーゼが何かよからぬことを吹き込んだと考えるのが自然だ。


「話しにくいことを、ごめんなさい。マルガ」


「いえ、ご姉妹とはいえユーリア様に責任のある話でもありませんし、お話ししても解決は難しいことはわかっていました。なのでご心配をおかけしたくなくて、おかしな態度になってしまって申し訳ありません」


 たしかに、決定的な証拠もないし、そもそも何をどうすれば解決するのかもまったく思いつかない。途方に暮れていると、マルガがそっと私の右手を両手で包み込むように握ってくれる。


「ユーリア様。この館に仕える者は皆、オニキス様を大切に思っています。ですから伴侶となる方にはオニキス様のことを第一に考えてくれるご令嬢がふさわしいと考えております」


「ええ……」


「ユーリア様も同じ気持ちでいてくださると信じています」


 それは、同じ「使用人」としての心得を問われているのか。それとも……?


 どういう意味なのか、と問う前にマルガは一礼して仕事にもどってしまった。オニキス様には幸せになってもらいたい。それは確かに私の願いでもあった。

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