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第3話 世界を滅ぼす存在でも、可愛いのなら問題ない

 

 聞こえてきたワードのインパクトに「は?」と声が漏れた。

 少年の硬い声に視線を向けて見たら、そこには私と同じくらいの年齢の少年少女が佇んでいた。

 ゲームや冒険譚のお約束である勇者パーティー御一行と思われる面々。トンガリ帽子と黒いローブを纏った魔女、十字架の杖を手にした聖職者、全身甲冑の護衛騎士、盾と剣を手に佇む剣士。


(魔王、グレイが?)


 金の刺繍をあしらった絨毯に、高級ホテル感満載のシャンデリアに、華美な調度品などは、雰囲気にある魔王城として見えなくはない。

 鏡の前に佇んでいるグレイは、白いシャツに黒のサスペンダーがオシャレで黒のズボンと魔王というような出立ではないのだが、そう思わせる雰囲気はなくないのかもしれない。

 少なくともエリオットよりは魔王感はある。


「性懲りもなくまた来たのか。何度やっても結末は変わらないというのに」

「黙れ! 魔王、お前を倒せば世界は救われる」

(何この展開!? なんだか一気に勇者と魔王のバトルファンタジーになったような?)


 ふと思い出したのは、グレイの話していた《厄災の獣》という単語だった。生きているだけで魔力が膨れ上がり、世界を壊す。それを前世の私である大魔導士(お師匠様)がこの魔導図書館を作って、檻と枷を用意した。


 エリオットは図書館の本を作り出すことで、魔力を常に消費している。それでもなお命を狙われるのは、《厄災の獣》が存在していることへの恐怖からだろうか。

 それとも――他に理由があるのか。


「はぁ、作り物のお前たちでできることは、魔王の討伐するため俺の所まで辿り着く、それだけだ。神々も、天使もあの時の裁決を認めないから、勇者モドキを作り出しては、俺たちにぶつけてくる。そんなにもあの決着が納得できないのか?」


 それは眼前の勇者ではなく、この状況を作り出した別の第三者に向けの嫌味に聞こえた。


(今回が初めてではない模様……)

「お前を倒せば、この世界は救えるんだ! 覚悟!」


 予備動作もなく、勇者一行が炎に包まれ――灰となって消えた。


(圧倒的!?)

「俺たちを殺せるのは、たった一人だ」


 低い平坦な声がグレイだと認識するまでに、数秒ほどかかってしまった。

 ボッ、と戸棚の分厚い本が急に燃えて灰となって同じく消えてしまう。


(何だったんだろう)


 よくわからないが、分からないままで良いのだろう。

 私は元の世界に戻って、自由に暮らすのだから。知らないままのほうが気楽なものだ。イケメンと関わるとろくなことにならないと、身を以って経験しているのだから。

 そうやって見捨てて元の世界に戻るはずだったのが、この後の出会いによって私の人生は一変するのだった。



 ***



 階段を上って最上階に戻ってきた頃、空は夕闇に染まっていた。

 静まりかえった部屋。


(思ったよりも、この世界に長居しすぎた……)


 途中で休憩している間に少し眠ってしまったのは不覚でしかない。このところ両親の過干渉が酷くて眠れなかったのだ。


 だがそれが良かったのかもしれない。

 人影らしい人影は――ない。私が開けた扉はそのままになっている。どう考えても罠っぽいが、ここまできたら、行くだけだ。


(よし!)


 隠し部屋から出た瞬間、扉に向けって一気に駆け出す。

 ほんの二十メートル弱。

 直線距離でだいだい三秒程度だろう。


『お師匠様?』

(気付かれた!? でもこのまま――)


 そこで僅かでも、振り返ったのが良くなかった。

 美しいステンドグラスから月明かりを浴びて姿を現したのは、巨大なピンク色のモフモフなウサギだった。ネザーランドドワーフの品種に近いのか、モフモフ具合が半端ない。耳の傍に捻れた白い角が二本あるのも可愛い。背中の天使の翼と蝙蝠も可愛いではないか。


「なっ――」


 全長五メートル前後だろうか。あまりの可愛らしさに、そのまま飛び込むように抱きついた。

 ぼふん、と肌触りのよい毛並みに埋もれる。

 そう私は人間嫌いだが、動物――特にモフモフには目がないのだ。一人暮らしを始めたら動物を飼おうと心に決めていた。

 そんな憧れの生き物が目の前にいる。抱きつく以外の選択肢はない!


「好き、大好き! 可愛い!」

『!?』

『おい』


 どこからかグレイの声が聞こえたが、今はこのモフモフを堪能するほうが先だ。ぐりぐりと頭を押しつけてウサギ吸いに勤しむ。


『にゃわわわわ、アイリが求愛行動してきたぁああ』

「モフモフ天国。ほんの少し桜の香りがする? 可愛い」


 前肢をジタバタする姿も可愛いが、これがエリオットなのだろうか。ようやくモフモフ以外のことに頭が動く。


「(エリオットの声がするということは……)もしかして、これがエリオットの本来の姿?」

『う、うん……。《厄災の獣》のとしての僕だよ。どんな人もこの姿を見たら、伴侶になってくれなかったんだ』

「《《合格》》」

「え?」

「《《合格》》。むしろ私はこっちの姿のほうが好き! 大好き!!」


 エリオットは耳を逆立てて、「きゃ」と乙女らしい反応を見せる。イケメンの時は全く何も感じなかったが、モフモフウサギの姿でやると可愛すぎる。


『おい、お前! 昼間に言っていたことと全然違うじゃないか!』

「ん? グレイの声が聞こえる? なんで?」

『この姿だと俺も形を得るからな』


 そう言って尻尾の蛇が私の前に姿を現した。

 黒に近い灰色の蛇は目がちょん、としていて可愛らしく、黄金の王冠も何だかプリティだった。

「可愛い!」と、王冠の少し前を撫でたら固まってしまった。刺激が強かっただろうか。そんな対応に対してエリオットは「グレイばかりずるい」とメソメソして短い前肢でだんだんと地団駄を踏んでいるっぽする仕草が、可愛くてしょうが無い。


「エリオットも可愛いよ」と、頭を撫でたら「きゅうう」と悶えていた。うん、可愛い。可愛いは正義。

 ギュッとすると心臓の音が聞こえる。温かい。


『アイリがいっぱい触ってくれる。……キスもしてくれるの?』

「いいよ」

『良いのかよ!?』


 こんなに可愛いのなら喜んで、と三角な口元に触れた。

 ぼふっ、と毛が逆立って悶える姿はとっても可愛い。いやもう尊い。


『じゃ、じゃあ、《《伴侶になってくれる》》?』


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