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フィリップは自分の言葉に酔っていた。
今の返しは良かった。先程ソニアが見せた魔法の凄さは何となく分かるが、威力まではわからなかった。つまり、あの魔法では証拠にならない。
これでソニアに傾きかけた天秤を元に戻すことができるだろう。
きっとカレンは喜んでいる違いない。得意げにカレンを見つめる。
微笑を浮かべるカレンを見てフィリップは思う。――ああ、今日もカレンは美しい。
「殿下は、私の魔法の威力を見たいと仰るわけですね」
カレンに見とれていると、ソニアが話しかけてくる。魔法の威力が見たい……わけではないのだが、どう返したものか。
返答に困るフィリップはカレンを見る。ここからでも表情がみるみる曇っていくのがわかる。なるほど、ここは反対しておくのが良さそうだな。フィリップは空気を読むことにする。
「この場所で魔法の威力を見せられては困る! それはわかるな」
今の言い方は威厳があって良かったんじゃないか? 自分の言葉に思わず笑みが零れそうになるが鋼の精神で我慢する。
「殿下の仰るとおり、この場所で証明しようとすれば被害が出てしまいます。さすが殿下です。では、練兵場をお借りできないでしょうか? そこでなら被害も出ないでしょう」
「うぅむ、練兵場か。たしかにあそこであれば被害はでないかもしれんが……」
ソニアは何を言い出すのか。こんな事はカレンの台本になかった。練兵場を使うこと事態に問題はない。だが……。
フィリップは顎に手を当て、とりあえず何やら考えているようなポーズをとる。少し考える時間を稼ぎたい。
ところでカレンはどう思っているんだ? フィリップはカレンをちらりと盗み見るが……わからない。
どういう表情だあれは。肯定とも取れるし、何も考えていないような……だめだ、わからん。
「殿下、私は冤罪を晴らしたいだけです。私はカレンを殺そうとしたことなどありません。どうか私の力を見ていただきたいのです。練兵場ならば不慮の事故も起きないでしょう。お願いできないでしょうか?」
おそらくソニアは魔法の威力を披露して自分の冤罪を証明したいのだろう。たしかに練兵場ならば被害がでることはあるまい。だが、それでソニアが無罪になってしまっては困る。なにせカレンのため、ソニアには死刑になってもらうつもりだ。かといって、ヤツの言い分を聞かないで死刑にしたとあれば後々問題になってしまうだろう。
さて、どうしたものか……。
まてよ、不慮の事故といったな。不慮の事故……それだ。
最悪の場合、不慮の事故に見せかけてソニアを亡き者にしてしまえばどうか?
魔法が使えるとはいえ、所詮は女。肉体的な力では兵には敵うまい。
いや、適当なところで射殺するのが妥当だな。理由はどうにでもなる。
「よかろう。ただし、妙な真似はするなよ。おかしなことをしたら……わかっているな」
――馬鹿な女だ。自分で死に場所を選んだか。
フィリップはほくそ笑みながら練兵場に向かった。その後ろ姿は、まるで楽しいことが待ちきれ無い子供のようだった。
◆◆◆◆
ソニアが手に魔力を込めると、地面には複雑な魔法陣が展開される。そのままボソボソ何か――呪文だと思われる――をつぶやく。 その瞬間、魔法陣から猛烈な光の柱が天に届くかのように立ち上がった。光の柱が徐々に薄くなり静かに消えると、そこには2mにも及ぶ巨大な騎士の姿があった。
騎士のフルプレートアーマーは壮麗な装飾が施され、光を反射してまばゆい程の輝きを宿している。フルヘルムが彼の顔を覆い尽くしているため、その表情は確認することができないが、その強靭な体格から強者であることはなんとなく想像できる。
「こちらは私の召喚した騎士です。皆さんには危害を加えませんので安心してください」
「魔法の威力を見せるものと思っていたが、まさか騎士を召喚するとは。これがお前の見せたかった力か?」
フィリップは計画が狂うことに困惑する。
ここでソニアが後ろに下がると、不慮の事故に見せかけることは難しくなる。しかし、騎士を倒せばソニアは他の手段を使うはずだ。
だが、騎士の強さは未知数だ。確実に倒せる実力者となると考えられる相手は1人しかいない。
「クラウス、あの騎士と戦え」
クラウスはこの国1番の剣の使い手で騎士団長を務める男だ。数々の武勇もあり、その名は周辺各国に轟いている。
あの女の召喚した騎士がどれほどのものか、簡単に推測することはできないが、クラウスならばやってくれるはずだ。
だが……クラウスが騎士と対峙した瞬間、圧倒的な力の差が明らかになった。クラウスの剣は騎士よってことごとく返され、届くことはなかった。
「なんだと……!」クラウスが驚愕の声を上げるが、今度は騎士が黙して襲い掛かる。その速さは目にもとまらず、クラウスは防戦一方となる。
「クラウス、何をしている!」
フィリップが激を飛ばすが、クラウスはどんどん追い込まれていく。
騎士の強烈な一撃がクラウスの盾を粉々に打ち砕く。驚愕するクラウスを尻目に騎士は攻撃をの手を緩めない。続く一撃でクラウスの剣はへし折られ、戦闘は続行不可能になった。
あまりの出来事に、クラウスは呆然と立ち尽くしていた。
「あんなのを召喚できるなんて聞いてないわよ……」
呆然としていたのはカレンも同じだった。カレンは青ざめた顔で騎士を見つめる。自分が今までソニアにやってきたことを思い出したのだろう。もし、自分にあの騎士が差し向けられていたら……考えるとゾッとする。
ソニアの計画を邪魔する予定だったクラウスは負けた。赤子の手をヒネるが如くあっさりと。ソニアの力を認めるしかない。フィリップは覚悟を決めたが思わぬ邪魔が入る。