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「ひとついいでしょうか?」
「ふむ、なんだ?」
「私はカレンを殺害しようとしたことはありません。ましてや未遂なんてありえません」
一瞬、沈黙が場を支配する。
「未遂などありえない……だと?」
やっと言葉を紡いだ王子は「は?」という顔をして目をパチパチとさせている。カレンも何を言っているのかわからないといった表情を浮かべていた。
そんな周囲の反応などお構いなしにソニアはさらに続けた。
「はい。これから皆さんに証拠をお見せしたいと思います」
さっきまでの気怠げな雰囲気が嘘のように凛とした声が響く。
「私がカレンを殺す気になれば、失敗することはありません。こんな風に魔法を使えば」
自信に満ちた顔のソニアと対象的に、カレンは警戒した表情を見せている。これから何が起こるのか? 法廷に緊張感と期待が入り交じる。
「魔法だと?」
フィリップの言葉を無視したソニアは、スッと手を前にかざすと空中に魔法陣が現れる。一瞬目を閉じた刹那、ソニアは目を大きく見開く。その瞬間、ソニアの体から莫大な魔力が溢れ空中の魔法陣が眩いくらいに輝く。
「7つの火球!」
彼女の言葉と共に、強烈な熱量を噴き出す7つの火球が現れる。轟々と音を立てる強力な炎魔法。圧倒的な魔法を目の当たりにした法廷の人々が息を呑む。
『7つの火球』は高位の魔法使いの中でも限られた者しか使用できない強力な魔法だ。だが、ここにいるほとんどの者はそんなことを知らない。それでもこの魔法の強大さは充分に伝わった。
「驚かせてしまいましたか? ですが誰も傷つけるつもりはないので、ご安心を」
生命を脅かすほどの圧倒的な7つの輝き。それをソニアは楽団の指揮者のように大胆かつ繊細に操ってみせる。
等間隔を保ちながら、一切挙動の乱れのない動きは統率された軍隊の様。かと思えばそれぞれが意思を持っているかの如く動く。
7つ、全ての火球は完全にソニアがコントロールしている。
ありえないほどの緻密な魔力制御だ。事実、熱で火傷をする人や建物への被害はない。
残光を宿し高速移動する火球は、恐怖というよりもただ美しかった。
初めは不安そうに見ていた者が大半だったが、今では「ほう……」「すごい……」という声があちらこちらから聞こえる。もはや、その場にいた全員がソニアの操る魔法に魅了されていた。
ソニアは手元に火球を集めると、それを1つの塊に変える。オレンジがかった赤だった火球は眩いばかりの白へ色を変える。それは、全て燃え尽くさんばかりの高温のエネルギーが宿る球と化していた。彼女はその魔法の球を素早く握り締めると、光は静かに消えてなくなった。
途端、溢れんばかりの歓声が沸き起こる。ソニアを称賛する声は鳴り止まなかった。当たり前だ。めったに見ることのできない最高峰の魔法を目にしたのだ。
だが、はっと我に返ったフィリップによってそれは静められた。シーンと静まりかえった法廷に凛とした声が響く。
「いかがでしょう。私がカレンを殺そうと思えば、わざわざベランダからつき落とす必要もなければ毒を盛る必要もないのです。おわかり頂けましたか?」
常人にはできないことを平然とやってのけたソニアは、特に疲れた様子もなく自信に満ちた笑顔を浮かべ「まあ、やりませんけど」と続けた。
「たしかに、あれだけの魔法が使えるならば……」
「あの実力があれば、成績のすり替えなんて必要ないんじゃないか?」
ソニアの主張を聞いた法廷の面々がざわつき始める。
どうやらソニアの実力の高さとカレンを殺す気がなかったこと、2つが同時に証明されたようだ。
先程までと打って変わり、法廷内の雰囲気が一変した。先程よりもソニアに対する視線も柔らかいものになってきている。
もしかしてソニアは無罪なんじゃないか……。そういった空気が場を支配しそうになったところでカレンがタイミングよく口を開いた。
「でも、その魔法で本当に人を殺せる威力があるのかは確認できていません。実は美しい見た目だけ。ということはないでしょうか。すごい見た目と違って、何も燃えませんでしたし。幻術という可能性もあります」
口調は非常に柔らかいものだった。だが表情は強い意志を秘めているのを隠しきれていない。余程ソニアを無罪させたくないのだろう。
「すごい魔法だったけど、確かに被害は無かったな」
「あの強大な魔法が見た目だけなはずがなかろう」
法廷のあちこちから声が上がる。カレンの言葉で意見が割れ始めたようだ。
この流れはあまり良くない……ソニアの表情が曇り始める。
「ソニアよ、カレンの言うことには一理あると思う。なにせあの様な魔法は我々も見たことがないのだ。そこについてどう思う?」
(もっとメジャーな低位の魔法を使うべきだったかしら? それとも、周囲を燃やしたほうが良かった?)
だがソニアの中で結論はすぐに出た。
「無駄な被害は出したくなかった」このことを正直にいうべきだろう。
「私は無駄に被害を出したくありませんでした。ですので、そのように魔法を制御しました。ですから制御をゆるくすれば被害はでます。幻術ではありませんので」
多少言いがかりのような質問だったが、丁寧に答えたソニアに対し法廷の雰囲気もソニアに傾きつつある。
「では、今の魔法は充分な証拠にならない。というわけだな」
フィリップが閃いたようにニヤリと口を開いた。攻めどころを作ってしまったようだ。
先程の魔法が無駄になってしまったことに胸の中をモヤモヤさせるソニアとは対象的に、フィリップは得意気にカレンと見つめ合い微笑を浮かべている。
証拠が却下されたことで、法廷はざわめきだっているが、ソニアは至って冷静だった。