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3 十八歳、女神に敗北する

 司祭様達との会合はさくさくと進み、あっけないほど簡単に筆頭聖女になれた。

 え、今日から名乗っていいの?と逆に驚くほどだ。

 聖女としての活動は今まで通りでよいという。呼ばれた地に行き、魔物を討伐して土地を浄化する。同行するのも教会の聖騎士ではなく辺境伯領の騎士団。

「リンディは逸材です。聖騎士ではリンディのスピードについていけません」

「それほどですか…。ロラン様がそこまでおっしゃるのなら、教会としても今まで以上に協力しましょう」

「そうですな。待遇についても周知徹底せねば。聖女に酒の酌をさせるなど、言語道断。各地の教会に今一度、治癒魔法師達の扱いについて申し入れておきましょう」

 治癒魔法師は女の子が多いので、是非、そうしてほしい。

 昔よりはましになったと言っても平民が貴族に逆らうのは容易ではない。


 話し合いを終えて廊下に出ると、キラキラとした青年が待っていた。

「兄上!」

 ロラン様がさっと膝をついた。慌ててケイクと私も膝をついて頭を下げる。

「ご無沙汰しております。王太子殿下」

 お、王太子殿下!?それって、あれだよね、国で一番、偉い人…の息子。

「兄上…、顔をあげてください。どうか昔のように」

「それはできません。お立場をお考え下さい」

「………わかりました。コールドウェル卿、どうか立ってください。連れの方達も許可します」

 そっとケイクを見ると緊張しつつも立ち上がったので、私もそれに倣った。

「コールドウェル卿、また背が高くなりましたか?」

「まさか。背はさほど変わりませんよ。それより…、紹介しますね。コールドウェル辺境伯領より聖女が選ばれました」

 え、貴族籍のケイクより私が先なの?

 緊張しつつ『リンディと申します』と頭を下げる。

「報告は受けています。各地で魔物討伐をするのは大変でしょう。困ったことがあればコールドウェル卿に伝えてください。王族の一人として協力したいと思います」

「あ、ありがとうございます」

 次はケイクの紹介…と思ったら、スルーされた。後でケイクに聞いたら。

『男爵家の六男が王太子殿下に直接、挨拶なんてできるわけねぇだろ。オレはロラン様とリンディの護衛。護衛は置物と一緒。あの近距離が許されただけでもすげぇ特別待遇だよ』

 そうなんだ…。よくわからない。

 よくわからないけど、わかったこともある。

 ロラン様、王太子殿下に『兄』って呼ばれる存在なのか。

 王太子殿下の顔は思い出せないが、なんとなく髪色や雰囲気が似ていた。血縁なのは間違いなさそう。

 うん、さすが、私、お目が高い!

 ………高すぎたけど。

 今、辺境伯の息子ってことなら筆頭聖女で問題ないよね。

 その答えは二席、三席の聖女様が因縁をつけてくれたおかげでわかった。


「ロラン様は元王太子殿下で本来なら貴女のような平民がお話しできるような方ではないの」

「前筆頭聖女はシュタッフルト公爵家のご令嬢で、現在はヴァイマール王国の王太子妃。貴女のような下賤な者とは何もかも違うのよ」

 ロラン様は公爵令嬢と婚約していたが、令嬢の性格があまりにも悪かったため婚約を破棄した。その結果、公爵令嬢はヴァイマール王国に渡り、ちゃっかり王太子妃となり、筆頭聖女がいなくなった責任を取った形でロラン様は辺境伯様の養子となった。

 本当の話かなぁ。

 なんとなくこの二人の話は信じられない。

「貴女、平民でしょう?平民が筆頭聖女って…、ねぇ」

「ほんと。厚かましいにもほどがあるわ。恥をかく前に辞退なさい」

 うん、ほんと、信じられない。

「私、聖女の称号を持つ者は品格も求められると聞きました。二席、三席の聖女がこれでは平民がうっかり筆頭聖女に選ばれてしまうのもわかります」

 言い返されると思っていなかったのだろう。ポカン…としているところにロラン様とケイクがやってきた。

「リンディ、司祭様が夕食を一緒にと…」

「ロラン様!」

 二席さんと三席さんが一瞬で泣き顔を作り、ロラン様に駆け寄った。

「あの子がひどいのです」

「私達に聖女としての資格がないと…」

 えぇ、そんなこと…言った?う~ん…、言ったかも。

「リンディ、何があった?」

 二人が顔をあげて抗議しているが、ロラン様が低い声で『黙って』と命じる。

 わぁ、レアなロラン様見れた。あんまり険しいお顔とかしないから、超貴重。心の中にしっかりと刻みつけて、簡単に説明をした。

「先代の筆頭聖女様が公爵令嬢で、ヴァイマール王国の現王太子妃で、筆頭聖女様とのゴタゴタでロラン様が辺境伯様の養子になって、とにかく私のような平民は筆頭聖女にふさわしくない、とのことです」

 二人が『そのまま伝えるなんて信じられない』とキーキーわめく。

「これだから平民は…」

「君達は、昔から変わらないまま…なのか?」

 ロラン様が哀しそうに呟く。

「そ、そんなことは…、きちんと聖女としての務めを果たしておりますわ」

「ならばこれからも自身の務めを果たすといい。私もそうしている。魔物討伐のために走り回る程度で過去の罪がなくなるとは思っていないが…、できる事をやらねば迷惑をかけた者達に顔向けできない」

 ロラン様は二人を引きはがすと。

「リンディが筆頭聖女にならなくても、君達がその称号を手にすることはない。私も君達を選ぶことはない。私は…、生涯、誰とも婚姻する気はない。そのことはコールドウェル辺境伯にも伝えている」

 筆頭聖女はロラン様と結婚できるか、どうか。

 結果、身分的にはいけるとわかったが、本人が『生涯独身』を決めているという…、わりと絶望的な展開。

 仕方ない、わかりました、私も『生涯独身』で頑張ります!




 その夜、ロラン様から『中途半端に耳に入るよりは』と改めて経緯を教えてもらった。

 筆頭聖女シェリーン様はそれはもう素晴らしい方だった。

 公爵家のご令嬢で見た目が美しいだけでなく、貴族が通う学園でも成績はトップ。治癒能力や咄嗟の判断力なども素晴らしいもので、市民にも慕われていた。

 性格も表裏がなく優しく慈悲深い。

 いとも簡単に何倍もの働きをするシェリーン様は、身近にいる者達の劣等感を刺激してしまった。

「私もその一人だった。たいして努力もしていないくせに、シェリーン嬢の名声に嫉妬していた。その時は…、少しでも優位に立とうとシェリーン嬢を貶め、婚約破棄を宣言してしまった。結果、シェリーン嬢はヴァイマール王国に渡り王太子妃となった」

 シェリーン様の抜けた穴は大きく、教会内部は大騒ぎとなり、王家も巻き込んで大粛清が行われた。

 ロラン様は真っ先に罰を受けた。

 王太子となる予定だったが、王位継承権剥奪の上、辺境伯様に預けられた。当時十八歳。そこで再教育…というか、辺境伯でひたすら鍛錬をし続ける日々。もともと剣術、馬術、魔法…と習ってはいたが実戦では役に立たない。

 訓練は過酷で、余計なことを考える暇もなかった。

 やっと体が慣れてきて、騎士団の一人として生涯を終えるつもりでいたら、ゼノ様から『養子にするから領主として学べ』と言われた。

 辺境伯領に来てから五年が過ぎていた。そこからさらに二年、ゼノ様について学び、二十五歳の年に正式に後継者となった。

 ゼノ様には他に適当な後継者がなく、親戚から探す予定ではあったが血筋で言えばロラン様で問題ない。

 その頃には騎士団も認める程度には強くなっていたし、何より…。

「コールドウェル辺境伯領は皆、事務仕事が嫌いだからね」

 後継者になり得る人達は皆、事務仕事をするくらいなら外で魔物討伐をしていたいと言い、我こそはと立候補する者達はあれこれと不足がある。

 辺境伯領は魔物が多く出るため、のんびりと眺めているだけでは仕事が終わらない。

 物資の補給、騎士団の指導、采配、市民を守りつつ経済を維持しなくてはいけない。

「私は内政も苦手ではないし、外に出されたとはいえ元王族だ。緊急事態となれば直接、王家に支援を頼める。応えてくれるかはわからないが、それでも地方領主と同じ扱いにはならないだろう」

 幸い…というか、一番の被害者であるシェリーン様は隣国で王太子妃となっている。

 被害がゼロとは言わないが、極刑とするほどでの罪ではないと判断された。

 ロラン様と結託してシェリーン様を貶めた二席以下の聖女達は教会預かりで今も婚姻を許されずに働いている。

 シェリーン様のご実家は大粛清の後、聖女達の待遇改善と王家、教会内外の可視化を条件に矛を収めてくれた。

 そのおかげで私も人並みの賃金を貰えるようになったのか。

「なるほど。あの方達は評判が悪すぎて結婚できないからロラン様に媚を売っていたわけですね」

「昔の仲間…というヤツだからね」

「今は違いますよね?」

「どうかな。少しは変われたと思ってはいるが…、今も胸の奥に黒いものがある」

 嫉妬、劣等感、迷い…、後悔と懺悔。

「大変ですね」

「自業自得だから仕方ない」

「私…、ロラン様も幸せになってもいいと思います」

 笑う。

「大丈夫だよ。確かに苦しい時もあるが、今、十分に幸せだと思っている。ゼノ様に呼ばれ辺境伯領の人達に受け入れてもらい、こうして各地を飛び回って人助けもできている。人材にも恵まれた。これ以上、望むことはない」

 それは本心のようにも聞こえたが、すこし寂しそうにも思えた。




 わりとポジティブというか、後先考えずに突き進む性格だと自覚している。

 だからロラン様が元王族だと知っても、ロラン様の過去を知る古株聖女達にチクチク厭味を言われても、まったく気にしていなかった。

 しかし…、ヴァイマール王国王太子妃シェリーン様を見た時はガツンと何かで殴られたような気がした。

 美しい…という言葉ではとてもでは足りないほどの美しさ。

 女神だと紹介されたら『だと思った』と頷いてしまいそうだ。

 輝く金色の髪にエメラルドの瞳。肌は白く透き通り、豪奢な白に金刺繍のドレスにも負けていない美貌。

 私…、日に焼けまくった肌に、これまた日に焼けて色がまだらに抜けている茶髪。目の色も普通にこげ茶。

 なんか、汚い。入れる時はお風呂にも入っているし、毎日、洗浄の魔法もかけている。

 けど、薄汚れている気がする。

 自身の無頓着さをリアルに自覚してしまい、結果、ロラン様と会った時以上の衝撃を受けてしまった。

閲覧ありがとうございます。

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