1 十五歳と二十五歳の出会い
私が生まれたのはスタロガスト王国の最北端にある山奥の小さな村だった。そこでは魔物被害が頻繁に起きていて、村人全員で魔物と戦ってなんとかしのいでいた。
皆、農民にしては強かったと思う。女性や子供も武具の手入れや炊き出しなど、できる事をして支えていた。
中でもうちの両親…父ガインは小型の魔物ならば素手で殴り殺すほどの猛者で、母ナイルは平民にしては珍しい魔力持ちだった。火属性の魔法を得意としていて、山火事の危険性はあったがそれ以上に遠方からの高火力攻撃は役に立った。
そして私が六歳になる頃。
さらに魔物が増えてしまい…父が生死をさ迷うほどの怪我を負ったことをきっかけに全員で村を捨てることになった。
血まみれになりながらもなんとか魔物を屠り、皆の無事を確認してから意識を失った父。
このまま死んでしまうのかと思った。
そんなの、絶対に許せない。
父のために何かできることはないか、せめてこの血が止まれば、傷がふさがれば…。
父に縋りついて泣いている時、私の中から何かがあふれ出した。
致命傷だと思われた傷口がふさがっていく。
拙い治癒魔法だったが、傷がふさがり出血が止まったおかげで医者が到着するまでなんとかもちこたえた。
鍛えられた筋肉がパックリと割れて腹や背中、全身に無数の傷があり出血していたのだ。頑強な父でも流れ出してしまった血を体内に戻すことはできない。
父は三日間生死をさ迷い、目覚めてから一週間寝込み、それから皆で村を捨てることを提案した。
反対する者はいなかった。
『力自慢のガインが負けたんだ。リンディがいなければガインは死んでいたかもしれん』
『オレ達もリンディを泣かせるようなことは、したくねぇ。それに今回は運良く助かったが…、次も大丈夫だとは思えねぇ』
『もう諦めよう…。もともと農作物の育ちも悪く住むには向いていない村だ。薬草や貴重な木の実は採取に通えばいい』
当時、村人は百人ほど。雪の季節を終えて春に向かっていたため、すぐに荷造りをして村を捨てた。
何人かは近くの町と交易を重ねて、最悪の事態に備えていた。
私達は五千人ほどが暮らす町に移住し、それぞれが得意とする仕事を探した。
「へぇ、お父さんの傷を娘さんが治したのか。そりゃ、凄いねぇ」
村人達全員を受け入れてくれたのは北の辺境伯ゼノ・コールドウェル様で、直々に私達に会いに来てくれた。
すっごく優しそうなおじいちゃんだ。
コールドウェル辺境伯様とお話しすると教会に通うことをすすめられた。
治癒の魔法を使える人はとても少なくて、教会に通えば魔法だけでなく読み書きや礼儀作法も教えてもらえる。
両親も賛成のようで頷いている。
「もともと学校には通わせたいと思っていたからちょうどいいんじゃないか?」
「そうね。それに魔法は扱いが難しいから、指導者がいるのならばそのほうが安心だわ」
母は独学で魔法を覚えたとのこと。技術ではなく魔力量での力押しで戦っている。そのため魔法を使い始めた当初は加減がわからずに何度も魔力切れで倒れていた。
そんな私も初めて魔法を使った時…、怪我を負い血だらけの父を見て本能だけで魔法を使った結果、父と並んで一週間も寝込んでいた。
「私はなんとなく、こ~、ガッといってドカーンッて感じに魔法を使っているけど、治癒魔法はもっと繊細な力加減が必要そうだもの」
どうする?と聞かれて、行きたいと答えた。
村での生活も好きだったが刺激的なものが何もない。唯一のハラハラドキドキが魔物の襲撃…という命がけのアドベンチャー。
大きな町には素敵な建物が並び店も人も多い。こちらのほうが面白そうだ。
翌日から教会に通い、勉強をしつつ魔法についても学んだ。
幸い魔力は多いほう…というか、庶民では珍しいほどの魔力量らしく、父から頑丈な身体も受け継いでいる。どれほど魔法を使っても疲れないし、疲れたとしても一晩眠れば回復する。そういった体質だ。
教会には良い家の子…辺境伯様と縁のある貴族の子や商人の子も通っていて、いつしか私は『雑草』と呼ばれるようになった。
事実、雑草のようにしぶとい。どんな環境でも生き抜く自信があるし、お嬢様達とは異なり魔物も怖くない。父のように体が大きければ、殴って倒してみたい。いや、剣のほうがかっこいいかな。かっこよさでは弓矢も捨てがたい。
両親に相談をすると『女の子なんだから弓矢にしておきなさい』と言われた。
背が低いため剣を自在に操るのはまだ難しい。
弓矢ならば風魔法の補助で戦えそうな気がする。
戦えるだけでは生きていけない。
平民とはいえこれから『町』で暮らしていくのならば読み書き、計算くらいはできたほうが良い。どこで働く事になるかわからないため、一般常識や礼儀作法も必要だ。教会でお世話になっている以上、教会の品位を落とすような真似もできない。
私は必死で勉強をし、鍛錬を続け、魔法の習得にも熱心に取り組んだ。
忙しさのあまり悪口は気にならなかった…わけではない。しっかりと耳に届いていたが、ひ弱なお嬢様が多かったので無視していた。
好き放題に悪口を言って物を隠したり壊したりとセコイ嫌がらせをしているが、こちらが反撃したら、泣いて逃げ出すタイプしかいない。
反撃して怪我でもさせようものなら、高額な治療費を請求されそうでもある。
私が治してもいいけど、それにも難癖をつけそうでめんどうな予感しかない。
日々、鍛錬を続けているある日、この国の筆頭聖女様が引退された…という噂が町に届いた。
筆頭に限らず二席、三席…でも『聖女』と呼ばれている人達は一定の功績を認められて選ばれている。教会の顔となり活動するため、家柄が良く容姿端麗な者が多いとか。
一緒に治癒魔法を学んでいる子達は『聖女』と呼ばれることに憧れていたが、呼び方ひとつでやるべきことが変わるわけでもない。
町から魔物を遠ざけ、魔素溜まりを浄化し、病人や怪我人の治療…と、頑張って働けば教会から少なくないお給料をもらえる。
筆頭聖女様が引退された後、働き方改革?もあり、家柄で優遇されることが減り、治癒魔法に関しては完全歩合制となった。
患者さんはまず受付で名前と簡単な病状を紙に書く。その紙を治療にあたった治癒魔法師に渡す。治療院には治癒師だけでなく医者や看護助手もいる。
治癒師は一旦、傷をふさぐとか骨をつなぐだけで、その後の治療は医者が引継ぐ。
誰が何をしたのか記録を残すことで仕事量が可視化された。
今までは治癒師仲間達が『一番、働いていたのはマリアンナ様』と子爵家のお嬢様を持ち上げまくっていたが、誰がどう見ても一番働いていたのは私。
町に結界を張っているのも、森の魔素溜まりを浄化しているのも、最近では私の仕事。そして治癒院を訪れる大半の人が平均以下の暮らしをしている平民だから、必然的に患者の大半が私に回される。
高貴な生まれの方は、平民の治療なんかしたくないそうだ。
高尚な仕事の割に最低な職場だったが教会の働き方改革のおかげで暗黙の了解がほぼなくなり、徐々に実力主義の職場へと変わっていった。
もう、ね。十五歳とは思えないほど働いていますよ。
筆頭聖女様が引退されたのが七年前。あの頃は手柄の横取りで安月給の日々だったけど、この二、三年でかなり正しい評価をされるようになった。
さすがに貴族と平民、お金持ちと貧乏人、全員平等…は難しいが、給料に関しては正しく支払われている。
あまりケチなことは言いたくないが、やはり目に見えて成果があると仕事も頑張れる。
きちんと給料が支払われるようになったおかげで、武具や防具も良い物が買えるようになった。命を守るためのものだから、薄い皮鎧は心もとない。自分で硬化や軽量化の付与をつけられるけど、安物の皮鎧って付与をつけにくいんだよね。竜は無理でも蜥蜴系の魔物素材ならあれこれ付与をつけられる。
今日は魔素溜まりの浄化作業だから付与魔法の重ね掛けをしてから防具を身につけた。そろそろ夏の季節で、他領地よりは涼しいが防具を身につけると熱い。だから軽量化と通気性は絶対に必要だ。それから硬化、俊敏性、物理・魔法の跳ね返し。
最後に武器は弓矢…だけでいいか。得意武器は他にもあるが、行き先は慣れた場所で同行する騎士もいる。
重装備にすると重いし暑いため、動きやすさ重視で身支度を整えた。
待ち合わせの場所に行くと既に顔見知りの騎士様達がいた。
魔素溜まりの浄化は町の衛兵ではなく、領主騎士団の管轄なのだ。魔物が町に近づいてきた時は衛兵か冒険者が戦うが、森や山の巡回業務は騎士団で予定を組んでいる。
今回は一泊予定で山の奥まで行くため、十人ほどが集まっていた。
「おはようございます!」
「おう、おはよう、リンディ」
挨拶をすると次々と挨拶が返されるが…。
「ロラン様、今回、同行する治癒師リンディが参りました」
皆と同じ軽装の騎士服の男性が振り返った。
細身の美青年…だった。え、待って、待って、何か、違う、他の人と違う。派手さはないものの整った顔立ちで、一目で『育ちが違う』とわかる。
平民と同じ茶色の髪…のはずが、さらさらと光沢があり、瞳の色も緑と青が入って複雑な色味だ。お肌もきれい。
「リンディ、コールドウェル伯爵様が養子を迎えられた事は知っているか?」
頷く。二、三年前にそんな話があったことは覚えている。
「ロラン・コールドウェル様だ。ゼノ様が引退された後、ロラン様がこの辺境伯領のご当主となられる」
ロラン様が微笑まれた。
「あぁ、貴女が聖女候補と名高いリンディ嬢か。今回の巡回には私も同行させてもらう。皆の足を引っ張らないように頑張るので、よろしく頼む」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
声がひっくり返った。恥ずかしいっ
「なんだ、リンディ、緊張してんのか?」
「リンディの心臓は鋼でできていると思っていたのになぁ」
「ははは、色男より肉のほうが好きだとばかり…いてっ」
うるっさいっつーの、黙っててよ、筋肉達磨。
「いてっ、てっ、ちょっ、リンディ、すまんっ、悪かった」
ゲシゲシと無言で蹴りを入れて…、ハッと気づく。
恐る恐る顔をあげると、ロラン様がすこし驚いた顔をされていた。
「あっ、いえっ、こ、これは、ですね…」
「みな仲が良いのだな。良いことだ。遠慮があってはいざという時の連携もうまくいかない。私のことも気軽にロランと呼んでほしい」
ロラン様、素敵、一生、お仕えいたします。
総勢十二人、斥候役の二人が先行し、十人は二列で進む。今回は山に入るため体力があまりない者は選ばれていない。結果、体力馬鹿…いえ腕力自慢が多い編成となっている。
筋肉率が高くむさ苦しいため、他の治癒師は何かと理由をつけて逃げてしまう。治癒魔法師って何故か女性が多いから無理もない。
森や山は虫も多く蛇などもいるため、ご令嬢を連れてくるとなると倍の人数が必要で、荷物も三倍以上に膨れ上がる。
ならば私が来たほうが早い。
山奥の村育ちで野宿にも抵抗がない。男に囲まれることになるが、見た目はともかく中身は一応、辺境伯家の騎士様。
騎士としての教育を受けているため、そこまで下品な行いをする者はいない。居ても、即座に回収されて後日、教育的指導を受ける。
騎士様のほとんどが妻帯者で子供もいるような人達だ。
そんな暑苦しい集団の中に…、こんなきれいな人が来るなんて。
ロラン様はなんだかまとっている空気が違った。
背が高くしっかりと筋肉がついているのはわかる。が、顔立ちといい雰囲気といい、とにかく整っていて上品なため筋肉達磨のような暑苦しさがない。
辺境伯のおじいちゃんも若い頃はイケメンだったのかもしれないが、残念ながらその面影は残っていないため想像できない。
養子だから辺境伯様とは似てない…のかな?
治癒院にも貴族の出入りはあったけど、ロラン様のほうがずっと『高貴な人』っぽい。
しばらく歩いているうちに山の麓へとたどり着いた。山に入る前に一旦、休憩を取って装備を再確認する。
「付与魔法が必要な人にはかけますよ~」
「おう、荷物に軽量化を頼む」
「足に防水をかけてくれ」
「オレの盾には硬化と軽量化を頼む」
最後尾で歩くヘンリーさんは大きな荷物を背負っている。上り坂になるときつくなるものね。
ほいほいほい…っと、順番にかけていると。
「その…、リンディ嬢は疲れていないのか?」
皆に付与魔法をかけた後、ロラン様に声をかけられた。
「はい、そんなには」
「魔力は?」
「あ~、それがですね、私の両親って平民の中の超平民なのですが、何故か父も母も異常体質で」
父の体力と腕力は大きな町に引っ越してきても、ほぼ『町一番』と言って良いレベルで、母の魔力は王都の国家魔法師と同等と言われている。
「両親から良いところだけを引き継いだようで、魔法師のわりに体力もあるんです」
「それは素晴らしい。だからこんなにハイペースなのか」
背後から声がかかる。
「リンディは魔力がなくても騎士にスカウトしたいほどの身体能力ですよ」
「違いない。新人騎士より、よほど根性もあるしな」
「昔、ワーグのヤツがリンディに突っかかって、泣かされてたよなぁ」
ワーグというのは昨年、騎士になったばかりの青年だ。男爵か騎士爵か…ともかく貴族の三男坊で、剣の才能があるからと騎士になった。
そしてまったく役に立たなかった。
虫に驚き、蛇に悲鳴をあげ、倒した魔物の血を見て真っ青になっていた。
挙句、私に向かって『女のくせに、平然としているなんておかしい、欠陥品だ』なんて言ったものだから…。
一方的に殴るのは騎士道に反するだろうと、一対一の決闘を申し出て、容赦なく叩きのめした。
「そ、そうか。私もそうならないように気合を入れなければ」
「いえ、気合でどうなるものでもないので…、無理をしないのが一番ですよ。いざという時は私がお守りいたします!」
「それもどうかと…。自分よりも随分と年下の女の子に守ってもらうなんて」
「あの…、えっと、お年を聞いても?」
「今年、二十五歳になったから…、リンディ嬢から見たらもうおじさんかな」
「いや、ロラン様がおじさんなら、オレ達、ジジイになっちまいますよ」
「君達は皆、とても若々しいだろう」
二十五歳…、もっと若いと思っていた。いや、でも、イケるか?十歳差ならあり?
相手は次期辺境伯様…辺境伯って伯爵…、子爵よりも上?結婚は無理でも愛人なら…、さすがに最初からそれはイヤーッ、恋人がいい。
町に戻ったら、調べてみなくては。
閲覧ありがとうございます。