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異の壱 少年は命を救われる

 犬?


 いや、違う。

 狼だ。

 初めて見たけど間違いない。あれが狼なんだ!


 もし追いつかれたらどうなるだろう。

 噛みつかれるか、最悪喰われるかもしれない。

 勇気を出して戦ってみるか。

 あり得ない。殺される。

 あいつに捕まれば殺される。逃げなきゃ。


 とにかく、走るしかない。


 わかっているのに前がよく見えない。

 暗いせいなのもあるし、生い茂った木の枝が邪魔だ。

 足元の地面はデコボコしていて、そのくせ柔らかいから踏ん張りもきかない。

 焦って走ろうとすればするほど転びそうになる。


 わけが分からなかった。

 さっきまで俺は街中にいたはずなのに。

 変な光に飲み込まれたと思ったら、知らない森の中だった。


 助けを求めて大声をあげながら歩いていたら、あいつと出くわした。


 後ろから唸り声が聞こえてくる。

 茂みをかき分け、細い木の枝を折りながら追ってくる気配がさっきから消えない。

 逃げ惑う俺をあざ笑うように、いつまでも離れてくれない。


「ふざけんなよ……ついてくるなって!」


 あいつとの距離はあとどれだけあるのか。

 確かめようとしてふり返ったのが失敗だった。


「うあっ!」


 がつん、と爪先が硬い何かにぶつかったのを感じた。

 倒れる、と思った時にはもう遅い。

 バランスを崩した身体が前のめりになるのを止められず、俺は勢いよく地面に突っ込んだ。

 咄嗟に前に出した手の平と、こすった肘の皮が裂けるのが分かった。

 ぶつけた体のあちこちから、鈍い痛みが走る。


「はっ……はっ……くそっ」


 立たなきゃ駄目だ。

 すぐに逃げないと。

 そう思うのに目の前がぐらぐらと揺れて体に力が入らない。


 あいつはすぐそこまで来てたんだ。

 動きを止めてしまったら、逃げるのを止めたらどうなるか。


「あ、ああ、うわああっ」


 どうにか体を起こすと、闇の中で光る赤い二つの瞳と目が合った。

 灰色で、四つん這いなのに俺の胸元ぐらいまである巨大で毛むくじゃらな体つき。

 長い鼻づらの下の顎には鋭い牙がぞろりと並んでいて、だらりと長い舌が伸びている。


「ゴアアアアアッ!」


 犬によく似たそいつが動きを止めていたのは、一瞬だけだった。

 悲鳴をあげて立ち上がろうとしたところに飛びかかられ、地面に押し付けられてしまう。

 抵抗するのが馬鹿らしくなるような物凄い力だった。


「い、いたいっ、やめろよ、はなせってば!」


 抑えつけられた肩に爪が容赦なく食い込んでくる。


 身動きが取れない。

 手を振り回すことも、身を守ることも許されない。

 情けなく首を振るだけ。

 それが俺にできる精一杯の抵抗だった。


 顔にぽたぽたと何かが落ちてきたのが分かった。

 化け物の舌の先から、生臭い涎が垂れてきている。

 開けられた大きな口の奥から吹きかけられる息の熱さが、たまらなく気持ち悪い。


 駄目だ。

 このまま喉を食い破られる!


 きつく目を閉じた瞬間、温かい何かで自分の顔が濡れるのがわかった。

 この鉄みたいな臭いは、血だ。

 俺の喉から噴き出す血なんだ。


 ああ、良かった。

 死ぬときって、案外苦しくない。


「大丈夫かい?」


 おかしい。

 いつまでたっても意識がはっきりしている。

 それに今、誰かの声がしたような気がする。


「うわ……うわああっ!」


 恐る恐る目を開けると、鈍く光る板のような何かが見えた。

 その板が、自分を食い殺そうとしていた獣の眉間に突き刺さっている。


 死んだのは俺じゃなかった。

 目を開けたまま息絶えているらしい化け物の無残な最期に、喉の奥からかすれた声が漏れる。


「なん、なんで? はあっ、くそっ、動け、ない!」

「危なかったね。ほら、今どけてあげるよ」


 もがいていたら、体の上にのしかかっていた化け物の体がずるり、と横にずれるのがわかった。


「だ、誰? こいつ、もう死んでて……」

「落ち着いて。もう平気だから。大きく息を吸うんだ」


 腕を掴まれたと思った次の瞬間、俺はその人に抱きしめられていた。

 とても温かくて、柔らかい。

 血と土の臭いに紛れて、ほのかに甘い香りがした。


 女の人、だろうか。

 背中をさすられているうちに、体から力が抜けていく。


「この辺の魔物が狂暴になってるって話は本当だったみたいだね。間に合って良かった」

「ま、魔物?」


 漫画やゲームでしか聞いたことがない言葉に耳を疑った。

 でも、確かにすぐ傍で死んでいる化け物はただの動物には見えない。


 魔物と、そう呼ばれる方がしっくりくるような恐ろしい獣だった。


 額に刺さってるのは、剣?

 殺したのか?

 この女の人が。

 犬みたいな、魔物を?


「おーい! アイギスちゃん! 平気―?」

「ああ、こっちだ! 子供が怪我してる!」


 俺を抱きしめたまま、女の人が誰かを呼んでいる。

 すぐに暗闇の中をゆらゆらと揺れる炎の光が近づいてきているのが見えた。

 松明、とかいう奴だろうか。


 五年生の時、林間学校で似たような灯りを見たのを思い出す。


「た、助かったの?」

「ああ。助かったんだよ。君はまだ生きてる」


 よかった、と安心した瞬間、俺は生まれて初めて気を失うという感覚を味わった。

 このお話は過去と、現在の二つのパートで構成されていきます。

 まんまテレビドラマ版「ARROW」のやり方ですね。

 めっちゃくちゃ面白いので、皆さんもレンタルショップの海外ドラマのコーナーで借りてみてください。

 ああ、こいつ、これがやりたかったんだなと理解していただけると思います。

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