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二 旧知の友達も大きく変わって

 母さんに励ましてもらったにもかかわらず、まさか登校して五分で帰りたくなるとは思わなかった。


「いい? クロくん、最初が肝心だからね。頑張るのよ! お姉ちゃん、休み時間に見に来るからね!」

「絶対に、来ないでくれ」


 いくら俺がこっちの常識に疎くても、休み時間のたびに会いに来られでもしたらシスコン呼ばわりされることくらいはわかる。


 何が悲しくて登校初日からそんな辱めを受けねばならんのだ。


 家から駅、電車の中、再び駅から学校までの道のりで、何かと世話を焼きたがった姉ちゃんをどうにか自分の教室に行かせて、俺はたどり着いた職員室の前で深々と息を吐いた。


「いやあ、あの奈々子にこんな一面があるとはなあ。驚いた」

「すみません、お恥ずかしい限りです」


 最後の最後まで未練がましくこちらをふり返りふり返り離れていく姉ちゃんを見送りながら、俺は傍らで事の成り行きを見守っていた先生に頭を下げた。


「構わんよ。しっかし、物静かな美人で通ってるあいつがブラコンとはねえ」

「物静かで、美人?」

「おう。クールで品行方正、成績優秀、スポーツも堪能。おまけに教師の俺から見ても学年に一人居るかどうかって思うくらいの美人さんだ。三年の橋爪奈々子っつったら結構な有名人だぞ?」

「……帰りてえ」

「おいおい、そうはいくかよ。弟のお前が変なプレッシャー感じるのも、まあ、わかるけどな」


 俺の肩をぽんぽんと叩き、今日から担任になるのだというガタイのいい男は笑いながら言う。


「改めて、担任の坂本誠(まこと)だ。よろしくな、久郎」

「ども、よろしくお願いします」

「さ、もうじき始業時間だ。ここにいても仕方ない。教室まで歩きながら話そうか」


 くるりと背を向けて、坂本先生が歩き出す。

 案内してくれるのだろう。俺は黙ってその背中に従った。


「あー、久郎、お前とは前に一度会ったことがあるんだが、覚えてるか?」


 教室にたどり着くまでの沈黙を嫌ったのか、坂本先生がちらりとこっちを見て訊いてくる。


「なんとなく、ですけど覚えてます。父さんの、部活関連のお知り合いですよね?」

「その通り。お前の父ちゃんとは大学で先輩後輩でな。色々世話になった。俺も今、この学校で女子バレーの顧問をさせてもらってる。お前の姉ちゃんも教えてたんだぞ」

「そうだったんですか」


 言われてみれば確かに坂本先生は背が高く、肩幅も広い。

 捲り上げたワイシャツの袖からのぞく腕にはがっちりとした筋肉がついていて、いかにもスポーツをしていましたという感じだ。


 倒すには少し手こずるかもしれない。


 そんなことを考えて、いや、倒すってなんだよと頭を振る。

 悪い癖だ。


「そんで、今日からはお前も教え子になるわけだ。これも何かの縁なんだろうなあ」

「本当に、偶然なんですか? 俺の担任になったのって」

「察しがいいな……ぶっちゃけ、違う。お前の父ちゃんから頼まれたんだよ」


 嘘が吐けない人なんだろう。

 困ったように頭を掻きながら、坂本先生は俺を見る。


「変なこと、気にすんな。俺も気を遣ってやるつもりなんてないからよ」

「そっすか。なら、助かります」

「先輩の息子だからって甘やかすつもりはねえからな。他の奴と同じ生徒の一人だ」

「はは、覚悟しときますよ」


 そっちの方が俺としても気楽でいい。

 厳しいおっさんとの付き合いには慣れてるからな。


 話している間に階段を上がり、二階についた。

 先生は入り口に「1‐B」というプレートがかけられた教室の前で立ち止まって、視線で確認してくる。

 俺は頷いて、大丈夫だと応えた。


「おーす、おはよう! 今日も声小せえなお前ら! ホームルーム始めるぞ、席つけー」


 がらっとドアを開けて先に入っていった先生のよく通る声が響き、教室の中で慌ただしく人が動くのがわかった。

 ややあって、教卓の前に立つ先生が口を開く。


「今日からウチの人数が一人増えることになった。転校生だ。入ってこい」


 余計な前置きはなし。

 教室の所々であがった声も無視して、先生が手招きしてくる。


 平気なつもりだったが、やっぱり緊張はするもんだ。

 俺は一度目を閉じ、乱れかけた呼吸を整える。


 目を開けて、教室の中に入ると自分に向けて視線が集中するのが分かった。

 品定めするような眼差しは仕方ないのかもしれないが、どうにも居心地が良くない。

 自然と表情が強張っていく。


 そんな俺の様子を知ってか知らずか、先生は後ろの黒板にチョークで何か書き始めた。


「ほい、自己紹介」


 コツカツコツと小気味の良い音を立てながら書いたのは俺の名前だったらしい。


 自分で名乗れということだろう。

 そりゃそうだ。

 促されて初めて気づくとは、我ながら間抜けなもんだ。


「ども、初めまして。橋爪く……」

「久郎⁉ あんたマジで久郎なのっ⁉」


 どうにか口にした自分の名前を、とんでもなく大きな声で遮られた。

 同時に、教室の後ろの方で勢いよく立ち上がった奴が一人。


「……えっと、久郎ですけど」

「やっぱり! あたしだよ!」


 そいつは周りの人間がぎょっとしているのを気にもせず、自分の顔を指す。

 そして、俺がまごまごしているのがじれったくなったのか、ずんずんとこっちに近づいてきた。


「ほら、小学校で一緒だったじゃん! 覚えてない?」


 この娘、めちゃめちゃでかいな。

 距離が縮まるにつれて、首の角度が自然と上を向いていく。

 俺が小柄だということを考えても、目の前の彼女がパッと見で百八十を軽々と超えているのが分かった。

 手足も長いが、細くはない。

 この健康的な肉付きの感じは、多分何かのスポーツをしてるからなんだろうが。


「なんでわっかんないかなあ! よく見なって! ほら!」

「…………」


 あと、胸も大きい。

 俺の視線の高さだと嫌でも制服の胸元を押し上げる膨らみに目がいきそうになる。

 意識して顔を上げておかなければまずい。


 顔だ。

 顔を見なきゃ誰かわからないだろ。


「……ひょっとして、妻崎、か?」

「そーだよ、正解! 妻崎歩美だよ! 久しぶりじゃん、久郎!」


 切れ長で気の強そうな目元に、すっと通った鼻筋と声に合わせてよく動く大きな口。

 首元まで伸ばしてある髪は昔よりずいぶん長くなったみたいだが、確かに見覚えのある相手だった。


 強引に俺の腕を掴み、上下に振る激しい握手のせいで胸が揺れている。

 小学生の頃から発育の良い方だったもんな、と余計なことまで思い出してしまった。

 どうにも目のやり場に困る。


「おい、歩美、うるせえ。周り見てみろ、ドン引きだぞお前」

「は? あ。あーっと、確かにおっしゃる通り。いや、嬉しくってつい」


 先生の言葉に教室を見回した妻崎は、流石にはしゃぎすぎたと思ったのか照れくさそうに鼻の頭を掻く。


「みなさん、こりゃまた失礼しましたねっと」


 冗談めかして首をすくめ、妻崎はひょこひょこと自分の席まで戻っていった。

 それを見た他のクラスメイトの何人かが苦笑いを浮かべている。

 驚いたが、まあ、さっきよりはやりやすい雰囲気になったかもしれない。


「橋爪久郎です。今日からよろしくお願いします。その、妻崎さんとは、知り合いです」

「おおう! そこは友達って言って欲しかったかなあ久郎!」


 すかさず声が飛んできて、さっきよりも少しだけ笑っている人間の数が増える。


「すまんな、久郎。お前の席、あのでかい奴の隣にしちまった」


 先生が苦々しい表情で、妻崎の左隣の机の方に視線を送る。

 それに気付いた妻崎は隣の誰もいない机まで長い手を伸ばし、ぺしぺしと平手で叩く。


 にこにこしているところを見ると、歓迎してくれてるんだろう。


「声も態度もうるせえが、悪い奴じゃない。我慢してくれ」

「先生、聞こえてますよ!」

「聞こえてんならもうちょい声落とせや!」

「はい! すみません!」


 やっぱり大きな声で謝った妻崎に、やれやれと手で目元を覆う先生。

 その様子をクラスメイト達は楽しそうに眺めていた。


 これがこの教室の、普段の姿なんだろう。


 俺も馴染んでいくことができれば幸せなんだろうな、と思った。


「また、よろしくね」


 俺が隣の席に座るなり、妻崎がぴっと親指を立てた右手を向けてきた。


 うるさいけれど悪い奴じゃない、か。


「ああ、よろしくな」


 俺の記憶の中の妻崎歩美も良い奴だった。

 そのことを思い出して、強張っていた気が楽になるのを感じた。

 私はわりかし上背のある方なので、自分より背の高い女子に会うことってほとんどないんですよね。

 それこそ、プロスポーツ選手とかじゃないといない気がします。

 背が高い女の子キャラクター好きなんですけどね。残念です。

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