こころ、ここにあらず。
こころ、ここにあらず。
きっとこの言葉がふさわしいかのような佇まいだったのだろうと思う。
両の手はだらんとさげ、天を仰ぎ、ぼーっとしていた。そんな自分がそこにはいた。
ちらっと窓の外を眺める。立ち上がってカーテンを開けると日は眩しく差し込んでくる。いつの間に日をまたいでいたのだろうか。
近頃何も手につかない私は、それでもパソコンの前に再び座り、小説作成ページへと向かう。
そしてやはり、手がすぐ止まる。別に驚くことではない。分かりきったことだと諦めの暗雲が立ち込める。
ようは書けなくなったのだ。新しいジャンルを開拓してみようとしても進まず、連載の続きを書こうとしても次話の構想が思い浮かばず、書き手としてのスランプに陥ってしまった。何が足りないのか。発想力か。インプット不足か。アウトプット技術か。自分らしさか。もはや何を見失っているのかもわからない。
往々にして、何かができない時というのは、原因が分かっていないことも多々あるが、そもそも何ができていないのかが分かっていないことが多い。「〇〇ができない」ならば「〇〇ができるようになるにはなにをすればよいのか」を考えればよいのだが、そもそも「何ができていないのかが分からない」から厄介なのだ。物事万事関連するあるある事象なんじゃないだろうか。
まぁそれならば、気分転換をしようじゃないか。どうせ部屋にこもっていても何も浮かばない。私はかつて大学生として通っていた校舎に入った。かつて部員として所属していたアーチェリー部、その練習所を眺めつつ、OBとして参加させてもらおうと思った。身体を動かすことで動く頭もあるはずだ、と。
OBとはいえ流石にそこまで腕は落ちていないだろう。という甘い思想は、とかく現実に打ち砕かれる。こちらから声をかける前から、視界にいれた瞬間から、喰らえと言わんばかりに責め立ててくる。
『あ、先輩。お久しぶりっす。やっていかれますか?』
『いや、遠慮しておこう。ちょっと後輩の練習風景を見たくなってね。ちゃんとやっているかどうか、をね』
『やだなぁ。日々大会に向けて励んでますって。ほら見ててくださいよ~。』
もう見なくても分かる。この後輩たちの実力は遥か高みへと羽ばたいてしまっていた。
先輩としての威厳と尊厳を利用して自己復帰を図ったが、むしろ逆効果だった。
自分ってなんだっけ。自分には何ができたんだっけ。他人より勝っていたことって何だっけ。
表情は笑顔。後輩を見守る良き先輩を演じられているだろう。だが、頭の中は混沌と混乱でいっぱいだった。
恥を晒さぬよう、練習に参加しない言い訳を考えるので必死だった。
暇を見つけて抜け出し、近くの食堂へと向かう。あの頃は練習所から食堂まで、そういえば部活帰りに競争してタイムをはかっていた。部ではいつも一番乗りだったことを思い出す。
そんな近さにある食堂。そのくらいは遠い食堂。
走ってみて驚くのが自分の体力の無さだった。ゼーハーゼーハーと喘いでいる内に、その横を自分より年若き元気な子どもが走り去っていく。中学生くらいだろうか。絶望ものだった。
もう帰ろう。昼ごはんも食べずそう思って駅に向かう。家と大学は多少距離があっても、電車が張り巡らされているこの都市では、距離と時間は必ずしも正比例にはならない。特急や急行といった電車のいいところ。ただしぎゅうぎゅう詰めの箱詰め地獄は常にデメリットとして理解として許容しなければいけない。
そして、時短はできてもデメリットを許容していても、災難は続く。外国の女性(顔立ちと金髪で判断したのだがおそらく間違っていなかったと私は思っている。)が駅構内で話しかけてきた。
『~~~~、~~~~~?』
もちろん、何と言っているかなど分からない。
ソーリー、アイム、キャント、スピーク、イングリッシュ。
言いたくもないセリフだった。英語はかなり自信があったからだ。
実力があったのはおそらく数年前。自信と自身だけが取り残されたのだと知る。
過去の自分と比べて負けてしまうのは辛いが
『Hey, what happen? Can I help you?』
そこで、高校生くらいのガキが流暢な英語で割り込んで
だめだな、このおっさん。と言わんばかりの目でこちらを一瞥してきたこの時ばかりは泣きそうになった。
今、他人と比べて大敗するのは辛い。なんとか足を止めないで家に向かえているだけでも自分をほめたいくらいだ。今道端でうずくまって頭を抱えたい。
取り柄がない。ただ辛さだけが残る一日だった。いや、そんな毎日だったのかもしれない。目を背けていただけで。
自宅に帰ると無性に泣きたくなったが、出てきたのは笑いだった。一周してすがすがしいほどの。
なんか元気が出てきてしまった。いいことなんてなかったのに。
あーあー。俺って駄目だなぁ。日が沈みつつある外の景色を窓から眺める。
そう呟きながらパソコンに向かう。スラスラと手が進む。今日の事でも書けばいいじゃないか。
書くことがないとしても、書くことなんて意外とある。そんなことさえ分かってしまえば以外と何とでもなりそうだ。駄目でも、いいじゃないか。
と思うと手が進む。
心はここになかった。ただ、無心に手が動く。
そこには、心はなかった。