国際結婚詐欺師ナカノ
愛すべき友人へ
三十歳の誕生日まで、一ヶ月を切り、私は焦っていた。この年になるまで彼氏どころか、男友達すらいない。男性と話したことなんて、学校の先生か、病院の先生か、課長くらいとしか、ない。
その課長に、なぜかすすめられて、なぜか登録、そして、なぜか今に至る。私は現在、結婚相談所を介して、お見合いの席にいる。…一人で。
ーカコーン…
鹿おどしの音が、刻まれる時を告げる。無難にリクルートスーツにした。けれど、もっとかわいげのある華やかな服装にした方が良かったのかもしれない。
お見合い開始の時間を三十分すぎても、相手は現れない。もう諦めようと思ったその時、ふすまをターンと開けて、勢いよく、彼が登場した。
真っ黒の瞳、真っ黒の肌、真っ黒でチリチリの短い髪。黒いスーツ、黒いワイシャツ、ワインレッドのネクタイ。耳には金色の小さな輪っかのピアス。
「遅れ〜マシタ! ゴ〜メンナサイネ!」
(え、待って。私のお見合い相手って、中野さんじゃなかった?)
「ワタシ、ナカ〜ノです!」
まじかよ!
話してみると、意外にも私たちには共通点が多かった。読書やアニメが好きなこと。小さな頃から親の都合で日本中を転々としてきたこと。この年になるまで、付き合った人がいなかったこと。
「ソウね、最近だと、アー…『スピン?family』? so goodデス。」
「わかります! ターニャ、可愛いですよね!」
「ソレ、ヨジョ…センキ?」
「あ!そうです!すみません!」
ナカノさんは、ネットフリックスに加入しているらしい。
「あと、『ローソンと海』。読んで、読んで、ナミダ。」
「え、『老人と海』ですか? ヘミングウェイ、私も好きです!」
…すごいな。「ローソン✖️海」なんて、ヘミングウェイもびっくりだよ。丼モノ、北海道フェアじゃん。
でも、ナカノさんの言いたいことは、わかる。ギリ通じる。
「今まで、色んなトコ住んでマシタ。ミユキさんは?」
「えっと、私は、秋田と…。」
「アー。アキィータ!行った!」
「大分と…。」
「オー! オォイターro! 行ったヨ!」
…オォイター「ロ」?最後、巻き舌だったけど、気のせいかな。なんか、「バルセーニョ」、みたいな言い方だったけど、気のせいかな…?「てじな〜にゃ」もアリだから、まあいっか…?
「あと、茨城と…。」
「イバ〜raキね! …イータ? …ヨ…? いや、イタカナ…?」
…巻いてるな。そして、行ったのか?いたのか?
「あと、東京です。」
「キョウト!イタヨ!ゴハンおいしい!」
いや、トウキョウだけど…。まあいっか…?
とにかく、私たちは、話が盛り上がった。最後、ナカノさんは、ポケットから小さな箱を取り出した。パカッ!
「ミユキさん! ケコーンしてください!」
(…えっ!!!)
※背景、薔薇の花。
そのまま、私の薬指にダイヤモンドの輝く指輪をはめてくれた。笑顔の彼。
「ピッタリ。似合いますネ…。」
そのまま、私たちは、婚姻届を書いた。提出は、ナカノさんがしてくれると言うので、預けた。
ーカコーン…。
鹿おどしが、私たちに祝福の余韻を届けてくれた。
ナカノさんは、とても忙しい人だった。職業は、数学の教員だと言う。
(えっ? 教員? まさかの公務員ゲット!)
私は有頂天になった。
彼は、見ると、常に誰かしらと電話をしていた。それが、何語なのか、ただのしがない事務職の私には、判断すらつかなかった。すごいな。学校の先生って、言語能力高いんだなー。
また、ノートパソコンで、日にちや時間、金額などの表のデータをいつもいじっていた。私はエクセル派だから、Googleドキュメントのスプレッドシートは、ちょっとわからない。
それに、項目が全部外国語だから、本当に何の表か、わからない。完全横向きのヘニャヘニャの文字の時もある。
「コレ、セイセキ? …とか? …オシゴト。アー。授業で使うヤツね。」
と笑うナカノさん。
彼の数式の組み立て方は、非常に難しかった。十日につき一割ごとに増えるという謎の計算。グラムにつき、どのくらいの利益が上がり、どのくらいのおまけをつけるかという謎の計算…。
「子どもたち、社会出たら、ツカウ。フツウヨ。」
(いや、私こんな計算、習ったっけ…?)
時々、不思議だったが、彼との結婚生活は順調だった。しかし、あっという間に破綻した。ある日突然、大勢の警察官に、我が家が囲まれたのだ。
「あー。あー。聞こえますかァ〜!
あなた方はァ〜完全にィ〜包囲ィ〜されているゥゥゥ〜!」
窓から見てみた。特大スピーカーがキンキン言っている。警察車両が何台も止まり、何十人もの警官が、ライオットシールド…? あの、盾みたいなやつ?を持って、ズラッと待機している。
(どゆこと…!?)
ナカノさんは、私がもともと住んでいた木造アパートに、お見合い当日から転がり込んできていた。その私たちの愛の巣が、こんな目に遭うなんて! 一体、どうして…?
「ナカノさん! こんな…こんなの、何かの間違いよね!?」
振り向くと、ナカノさんは、
「ア、ハルカチャン?
チョと、今から、ソッチ行ってイイ? ダメ?」
と、電話をかけていた。
(ハルカチャンて、誰…!)
打診は、却下されたらしい。
「モシモシ、モシ? ア、ユリチャン?
…え? ナニ? 早口ワカラナイ。」
(ユリチャンて、誰…!!)
「アー。トモミさん? アー。ダメカー?」
(トモミって、誰…!!!)
私の怒りは、頂点に達した。
同時に、警官たちが雪崩のように家の中に入ってきた。取り押さえられ、連行されるナカノさん。
「な…ナカノさーーん!」
「よ…ヨウコチャーーーン!!」
(おいィィィー!私、ヨウコじゃねーよ!!
ミユキだよォォォ!!!)
『私は、私は…もう二度と恋はしない!』
一人取り残された畳の部屋で、私はそう、固く決心した。