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自分達が本物の地図を持っているなんて思ってもいないケインとアシュリーは、小川をたどるように、上流へさかのぼって歩いていた。
最初は見晴らしの良かった小川の側道も、徐々に草木が目立つようになってきて、明らかに山の森と分かる地帯の手前まで来ていた。
立ち止まっているアシュリーが、地図を広げて内容を確認する。
ケインも彼女の隣に立って、地図を見る振りをしながら、彼女の傍にいられる幸せを噛み締めていた。
「このまま進んでも大丈夫でしょうか……?」
「そうだなぁ…… どうなんだろ。地図には何も書いてないの?」
「はい、特に何も書かれていません。このまま真っすぐに矢印の線があるだけです」
「じゃあ…… 真っすぐ行ってみる?」
「えっと……」
急にアシュリーが目線を伏せた。だから、ケインが首を傾げた。
「どうしたの?」
「わ、私…… エルエッサム出身なので、その…… 虫とか、あんまり得意じゃなくって……」
雪が降るエルエッサムはかなり寒いから、虫らしい虫がほとんど湧かない。いても春頃に少し見掛ける虫くらいだろう。一方のムズリアは、暖かいからたくさんいる。それが無理で、他島へ行くのを躊躇する旅行者もいるくらいだ。
「なら、戻ろうか?」
ケインは別に、宝探しなんて興味が無かったからそう言った。彼はアシュリーと一緒にいられて、話ができたらそれで良かったのだ。
しかし、アシュリーは首を横に振って、
「い、いえ。行きましょう!」と言って、先を歩き始めた。
「あっ、ちょっと、アシュリーさん?」
ケインがすぐさま彼女を追い掛ける。
さすがに不思議に思ったのか、
「どうしたの?」と尋ねた。「無理して行く必要ないよ?」
「いえ、どうしても行きたくて…… だから、その、お願いがあります!」
「な、何?」
「う…… 後ろにくっ付いて歩いてもいいですか?」
「えっ?」
アシュリーが色々と謝罪と弁明を口にしているあいだ、ケインは彼女が宝探し以外に何かを企んでいるのではないかと思い当たった。
普通なら絶対にこんなところへ来るはずが無いし、引き返せるなら引き返そうと答える方が、彼女らしい返答だ。
「あのさ、アシュリーさん」
「あっ、はい!」
彼女が驚いたように返事した。
「ユイならまだしも、君が森の中へ入って行こうなんて言うの…… ちょっと妙だよ。何かあるの?」
「な、何かと言われても……」
ケインが怪しいと思ったときだった。
アシュリーがいきなりケインの方へ飛びつく。
「えっ?!」
「な、何かいますッ!」
ケインが川辺の茂みをジッと見分すると、ガサガサ何かが動いているのが見えた。
「ああ、ただの蛇だよ」
「へ、蛇……?!」
真っ青な顔でアシュリーが言うから、ケインは笑いながら、
「大丈夫だって。あれは毒蛇じゃないし、噛んだりしないから」
と言って、はたと気付いた。
――これっておいしい状況じゃないか? と。
そう考えると途端に、くっ付いているアシュリーの感触やら体温やらを感じ始め、それが原因なのか分からないけれど、ケインの頭脳に邪な閃きが走った。
「あのさ、手をつないで歩こうか。それで、後ろに付いて歩いて」
ケインは黒い影が見えそうな満面の笑顔を作って、そう言った。
次に彼は、下に落ちていた長めの木の棒切れを拾いあげる。
「じゃあ行こうか。ちゃんと付いてくるんだよ?」
「は、はい…… お願いします……」
怖そうにしているアシュリーもカワイイと思いつつ、ケインは棒切れを前へ出しつつ歩き出した。
アシュリーは言われた通り、ケインのあいている手を握って、後ろへピッタリくっ付いて歩く。
「その棒切れ、何に使うんですか?」
「前方にこうやって振ったり、藪を叩いたりするんだよ。蜘蛛の巣とか顔に掛かったら嫌でしょ?」
アシュリーの握る手が力んだ。
「大丈夫、大丈夫。俺に任せておいてよ」
ニッコニコのケインが前を向いたまま、彼女の柔らかい手をしっかり握り返して言った。
同時に、彼は自分の考察を推し進める。
そもそもアシュリーがらしくない返答を続けているのは、間違いなく、自分を連れ出すためだろう。
ユイはケインをここへ連れ出すために依頼を出したと言っていたし、カメリアもそれに協力している感じである。なら、彼女だって何かに協力しているはずだ。
むしろ企みに参加しているわけだし、ちょっとは仕返し…… もとい、自分がおいしい思いをしても問題ないだろう……
ケインはそう思いながら、高揚した気分と幸せな気持ちをいだきつつ、思い人を連れて森の中を歩いていった。




