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念のためにと浜辺にいた衛兵に言付けてから、ケインはアシュリーと一緒に砂浜を歩いた。
彼女は地図へ視線を落としながら歩いているから、ケインは転ばないか心配しつつ、見守っている。
そのうち、彼女が真剣な面持ちで地図と睨めっこをしているのが分かったから、疑問に思ったケインが、
「どうしたの?」と尋ねる。
アシュリーはハッとして、ケインへ顔を向け、
「い、いえ…… つい地図の内容を読み込んでしまって」と、恥ずかしそうに苦笑っていた。あまり見ない表情だったから、ケインの胸がときめく。
「ユイの家にあったって言うけど、リエッジ家ってアル・ファームと何か関連があるの?」
「いえ、そういう話は特に…… 私が知らないだけで、関係があったのかもしれませんけれど」
「なるほど。でも、カメリアさんは関係あるよね? やっぱり昔、歌を披露した関係で?」
「はい。
お祖母様が王家の来賓晩餐会に招かれたとき、歌を披露したそうです。そのとき、アルメリア王女はまだ十歳にも満たず、バーラント様も同じくらい幼かったそうで」
「へぇ~。それなのに、覚えていてくれたんだね」
「何回か歌を披露する機会があって、それで仲良くなったそうです」
「ああ、それで親しくなったわけか」
「本当なら、私達がお邪魔するのは場違いだと思ったのですが…… ケインさんが例の事件の解決に一役買ったと言う話をすると、一緒に来てはどうかと言う話になったそうで」
「ユイが悪ノリしただけじゃないってことか……」
ケインがそう言うと、アシュリーが足を止めた。だから彼は振り返って、
「どうしたの?」と尋ねる。
アシュリーは持っている地図の端を、指で撫でたりしながら、少し視線をそらせていた。
最初、アシュリーの様子がおかしいと思っていたケインだったが、次第に彼女がモジモジして、何かに照れていると感じ始めた。
そんな風に思い始めると、誰もがアレコレと頭の中で心理を読み取ろうと考えを巡らせるものである。
ケインも例に漏れず、アレコレと彼女の心境を探り始めた。
「どうかしたの……?」
「いえ、その……」
やはり恥ずかしそうにしている。
ケインは一瞬、自分の身なりがおかしいのかと、それとなく頭を触ったり服を見やったりしたが、特に妙な点は無い。
「気分でも悪い、とか?」
「いえ、そうではありません」
苦笑った彼女は、急に歩き始め、「た、たぶん、あっちの方だと思います。行きましょう」と告げた。
ケインは首をかしげつつ、背中を追って隣を歩く。
そのあいだ、彼女の横顔を眺めていた。
当然、それは彼女にも伝わり、
「あの、ケインさん」と言われる。
「あっ、はい……!」
「どうかしましたか……?」
「その、ほら…… さっき何かあったのかなって思っちゃってね」
誤魔化し笑いをしつつそう伝えると、彼女も似たようなぎこちない笑みを浮かべ、
「すみません、さっきは何を話そうか忘れてしまって……」
「あ~、なるほどね、あるね、そういうの!」
と言いつつ、ケインはやっぱり彼女が何を考えていたのかを推理した。
――本当なら、このおいしい状況を堪能したいところだ。
ユイが気を利かせたのか、偶然なのか分からないけど、アシュリーと二人きりで浜辺を散策しているのだから。
しかし、彼女やユイが何を隠しているのかが分からないことには、下手に会話ができない。地雷を踏むと、たちまちに致命傷を負ってしまう。
ケインは適当な話で流れを作ろうと考えた。
「「あの」」
慌てた二人が、それぞれ譲り合う。
「じゃ、じゃあ、俺から話すよ」とケインが急いで言った。「その地図、なんて書いてあるの?」
「実は私も、そのことをお話ししようかと思って……」
アシュリーが地図を広げつつ立ち止まる。だから、ケインも立ち止まる。
彼女は地図を広げたままケインへ近寄った。あと少しで、肩と肩が触れあうような、かつてないくらいの近い距離に。
ほのかな香りにケインがまた、ドギマギしてしまう。
「この文字なんですけれど…… ケインさんは分かりますか? おそらく言語統一前の、古代アル・ファームの言葉だと思うんです」
「そ、そうだな…… えっと……」――古文とかもう完璧に忘れてるとは言えない。ここはどうにかして誤魔化さねば。
ケインが地図をパッと見たとき、文字の他に色々な記号があるのが見えた。これらは文字では無く、別の意味を持たせた記号だろうし、矢印のようなものも見える。だから、
「文字が読めないときは、他の記号から見ていくのはどうかな?」と言った。
「他の……」と呟くアシュリー。「なるほど、そうすると類推ができますね」
「ああ、色々と解釈はできるね……」
「ひとまず、島の中央へ行ってみましょう」
「中央?」
「はい。あそこの海へ流れ出ている小川の位置、この地図と一致していますし、古文からもそこをたどって行けとあるので」
「あ~…… なるほどね、確かに。行ってみようか」
近くにいる思い人に、ケインの集中は持っていかれていた。それで、妙に曖昧な返しをしてしまう。
幸いなことなのか分からないけれど、アシュリーも謎解きになると集中する性格のようで、この辺りはカメリアにそっくりだった。ケインがアシュリーに集中してしまっていることに気付いていないらしい。
こうして、一方は地図の謎に集中している女性、もう一方は好きな女性に集中してしまっている男性が、特に問題を起こすこともなく目的地を目指して歩いた。




