8 歌姫の歌声
高照度となるよう工夫された、特製の大型ランプとシャンデリアで明るくなっている会場の中には、ケインとは別に他の警備兵の人達が監視をしてくれていた。
どうやら例の依頼は、カメリア本人の警護を想定していたものらしい。
もうちょっと内容をちゃんと見ておけば良かったと後悔しつつ、ある意味で運が良かったともケインは思った。
警護の仕事は、人数がいすぎると逆に面倒なことになる。目立つし、仰々しいし、何より護衛対象を緊張させ疲れさせる。
ケインとしては一人で護衛する方が性に合ってもいたから、カメリアが本番を迎えるまで傍にいることにした。
開演が迫るにつれ、人々が舞台部屋の客席に座っていく。
想像はしていたものの、ケインが思っていた以上に人が多く、関係者から急遽、立ち見も追加するという旨が伝えられた。
客席には噂通りに本部長もいたし、他国の貴族の姿もある。
状況を大方、把握したケインは、控え室へと戻った。
「随分とたくさんの方々がいらっしゃっているようですねぇ」
控え室に戻るや否や、椅子に座っていたカメリアが他人事のように言った。
「あの」
「はいはい、なんですか?」
「どうしてこんな田舎に? 都市部の方がもっと大きな施設もありますし、もっと儲かると思いますけど……」
「正直に言えば、私はもう引退した身。都市部で何かする元気はありませんよ」
「じゃあ、田舎ならちょうど良かった?」
「そういう気持ちも、少しはありましたねぇ。でもね、本当はお友達からお願いされたんですよ」
「お願い?」
「その子も長いあいだ、この島の村長を務めていた方でしてね。そろそろ別の方にって言うことで、数年前から市場の会長さんに譲ったんですよ」
バザールというのは、大陸の人間が使う『商店街』のことだ。だから彼女が外国人なのは間違いない。
「それで引退した者同士、のんびりとお話ししながら過ごしましょうかと言う話になりましてね、ここへ来たんだけれど……」
「現・村長さんから演奏会を頼まれたと?」
「ご明察」とカメリアが微笑んだ。「短時間ならとお受けしたんですけどね、それでもこれだけの方々が来てくださってるなんて…… にわかに信じ難いですよ」
「それだけ、当時のあなたの歌が好きだったのでしょう」
「嬉しいですね、やっぱり」
このあとも少し話を続け、孫が人見知りと引っ込み思案で少々困っているという話が出た辺りで時間となった。
鍵盤楽器の伴奏の女性がやって来て、カメリアが発声練習をする。
ケインは四隅に移動し、邪魔にならないようジッとしていた。
それから舞台を照らすための、特殊な照明器具――バルバラント地方で取れる発光する鉱石を特殊加工し、レンズで集光する装置が舞台袖へ運ばれていった。
じきに本番の時間となる。
何かあったら悪いから、ケインは舞台袖のところまで付き添い、そこで歌姫だったという彼女を見守ることにした。
舞台上だけやけに明るくなっている中、演奏が始まる。
普段は丸い感じの声に思えたのに、歌声は随分と透き通っていた。まるで年を重ねることなく止まっていたような、瑞々しい声だ。
それに低めの音も芯があるから、単に高いだけの歌声ではない。
ケインは自然と彼女の歌に引き込まれ、耳を傾けそうになっていた。
もちろん仕事中だから、本当に引き込まれてはいけない。
彼は熟練の歌声から一歩引いた立ち位置で周囲を観察するという、自分自身との内的な闘いをしていた。
文字通りにあっと言う間も無く時間が過ぎ去り、演奏会が終わる。
途中休憩を入れると大体、一時間くらいだったかもしれない。
控え室へ戻ったカメリアは、伴奏の女性と少し談笑し、彼女が着替えに出ていったあとにケインへ話し掛けた。
「お疲れ様でしたね、ケインさん」
「いえ、自分は特に何も……」
「どうでしたか? うまく歌えてましたか?」
「ええ、あまりこういう場所には来たことありませんでしたが…… 凄く良かったです」
ケインの言葉は本心であった。
それでカメリアは、嬉しそうでいて満足そうでもある笑みをたたえ、
「若い人にそう言ってもらえると、やっぱり嬉しいものですよ」と言った。