表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
謎解きばあさんと、恋する警備兵 ~推理大好きな元・歌姫おばあさんと『ヒゲ男の事件』を解決し、あの子とお近づきになりたい~  作者: 暁明音
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/93

68  小瓶(こびん)の鑑定

 早歩きで病院をあとにしたケインは、混乱していた。


 リエッジ家の屋敷へ初日に訪れた、あのあとなら、(ひげ)男も裏口から小瓶(こびん)を忍ばせることは可能だ。裏口は台所につながっているのだから。


 無論、内部の人間も忍ばせる機会が充分にある。

 料理人でもベティでも、マイケルでもフランツでも、ニアでも可能だ。


 ――いや、これが毒なのかどうか、まだ確定してはいない。


 ネズミや虫の駆除薬かもしれないし、それなら食器棚に忘れて置いてあっても不思議ではない。

 ケインは、はやる気持ちに突き動かされるように、馬車をまた借りて乗り込んで、その馬車が港にある本署に到着するのをジッと、耐えるように待った。


 四〇分ほどの待ち時間は、このときのケインにとっては永遠に等しかった。

 そのせいか、(ひたい)が熱くなるほど考え込んでいて、馭者(ぎょしゃ)が到着したことを告げるまで、馬車が停車したことに気付かなかった。


 降車した彼は走った。

 走って、本署の鑑定員がいる部屋へと駆け込んだ。


「すみません!」

「な、なんだ?」と、室内にいた男性が驚いていた。

「今すぐ鑑定してほしいものがあるんです! お願いします!」

「ケイン……?」


 奥から、何事だと言う風にターザリオンがやって来ていた。

 ケインは彼のところまでズカズカと近付き、


「これ、調べてくれ」


 そう言って、彼は(かばん)から細長い小瓶(こびん)を取り出し、それをターザリオンへ差し出す。

 さすがに彼は戸惑った様子で、


「ちょっと待って、落ち着いてよケイン」と制した。

「なんで学生(かばん)を持っているのかとか、その小瓶(こびん)が何かとか、色々と気になるよ」

「この中に権利書があって、この小瓶(こびん)は毒かもしれないってことなんだよッ!」


「えっ……」

「ほら、とにかく調べてくれ! 調べてるあいだに、俺が知ってることを話してやるから!」

「わ、分かった。――ねぇ、今は検査所って誰か使ってるの?」


 ターザリオンは、さきほど驚いていた男性に向けて言った。彼は首を横へ振りつつ、


「いや、今は誰も使ってないはずだ」と答えた。


 だから二人は、すぐに検査所へと向かった。


 検査所は屋上の一画にあって、野営用の大型テントみたいなところに、調合台や検査薬などが所狭しと並べられている。


「今回は特別だし、何か特別な毒で、それが原因で死んじゃっても責任は取らないからね?」


 一緒に入ってきたケインへ、ターザリオンが言った。二人とも布製のマスクをしている。

 ケインはうなずきながら、「カメリアさんが予想する犯人像なら、あけただけで死ぬような毒じゃないだろうさ」と言った。


「自信あるね?」

「計画犯罪だろうし、あけて死ぬような毒なら、ベルさんが入りそうにない台所へ置いておかないだろ? きっと食事や飲料水に混ぜるつもりだったんだ」

「――君、捜査課の人みたいになってきたね」

「カメリアさんの悪癖(あくへき)がうつってきたんだよ。それより、早く分析してくれ」

「もう始めてるよ」


 ターザリオンはガラスの箱に入れてあった小瓶(こびん)を取り出す。


「ふむ…… 揮発系じゃないね。じゃあ、遠慮(えんりょ)なくご開帳っと」


 ターザリオンは革の手袋を()めた手で、小瓶(こびん)のコルク栓を抜いた。


「コレ? 覚えてる?」


 ターザリオンが紫色の紙片をピンセットで持ちあげて、見せてきた。


「なんだ、それ」

「前に僕が取って来た、紫色の野菜とかで作ったヤツ。酸塩基(さんえんき)を判別する用紙だよ」

「ああ…… 食器を洗えるかどうか分かるヤツな」

「アルカリ性ね」


「そんなもので何が分かるんだよ」

「アルカリ性か酸性か、はたまた中性かが分かるんだよ」

「毒かどうか分かるんじゃないのか?」

「生き物で判断できない以上、段階を経ながら判別する必要があるからね」


 そう言って、彼は用紙に水滴を垂らした。

 みるみるうちに、色が緑っぽくなった。正確には濃い緑青(ろくしょう)色である。


「うっそ…… 本当にアルカリ性だ」

「ってことは、本当に洗剤か?」

「アルカリ性のものと酸性のものを混ぜたら、毒ガスが出るね」


「じゃあ、犯人はそれを狙ったのか?!」

「いや…… 酸性の洗剤って言うなら、水(あか)用で考えられるけどさ…… アルカリ性だからね、コレ」

「な、なんだよ…… それだと具合が悪いのか?」

「水(あか)用ならこの量でもあり得そうだけど、食器洗剤なら全然足らないでしょ? ってこと…… 植物系の毒だったらあるいは……」


 そう言って次に、彼は様々な粉を白磁器の乳鉢と乳棒へ入れ、砕くように混ぜ合わせ、あぶったり透明色の液体を入れたりして、真っ黒な物を薄く引き延ばしていった。


「なんだそれ?」

「簡易的な毒物判定の調合薬。今回は植物性だろうから、蛋白(タンパク)系統か神経系統か…… ひとまずそれだけ判断してみようかなって」

「へぇ~……」

「それよりも話、聞かせてくれよ」

「まずは結果を教えてくれ」


「まだまだ作業が必要だから、暇つぶしに話しててよ」

「あっ! 色が変わったぞ!」

「赤のまだら模様…… ほぼ毒か薬だね」


「やっぱり毒か……!」

「毒か薬って言ったでしょ? まだ薬の可能性があるし、内容をハッキリさせる必要がある。それより話してよ、約束だろ?」

「分かった、分かった…… 話してるから、ササッと頼むよ」


 そう言って、ケインは金庫破りがユイの犯行であったことを話した。


「なるほど…… 機転が利くんだね、彼女」

他言(たごん)無用は忘れるなよ?」

「もちろん。だってまだ解決してないからね」

「それで…… どんな感じだ?」

「じきに分かる…… なるほど、なるほど」


「なんか、煙が出てないか……?」

「一瞬だけね。毒じゃないから安心して」

「緑色の煙だぞ…… 大丈夫か?」

「鑑定結果を話すね」


 そう言って、彼は小瓶(こびん)(ふた)をしつつ言った。


「お、おう。今度こそ分かったんだな?」


 椅子に座ったまま、ターザリオンが振り返り、立っている後ろのケインを見上げつつ言った。


「これは間違いなく神経毒で、種子の破片も沈殿していた。その成分はフォミカ系植物であると断定可能。

 そこから推察するに、ストリークノス系の毒薬と断定できるね。だから即効性があって、三〇秒ほどで痙攣(けいれん)が始まって、一分くらいで絶命する。――ケインはフォミカって植物は知ってる?」


「いや、全く」

「ムズリア国でも南東の島に自生し、ベラーチェスより南の沿岸部にも自生している低木(ていぼく)の植物なんだ。

 その昔、僕らのご先祖が珍味な果実を取りつつ、その種から毒矢を作っていた、悪魔の低木(ていぼく)だよ」


「種から毒が取れるのか?」

「基本的に、植物の種とキノコは毒だと思っておけばいいよ。食べられる物は畑でちゃんと栽培されて、加工されて、市場に出回ってるものだけ」

「なるほど…… それで、そのフォミカの種っていうのは凄い毒なのか?」


「高濃度を直接投与なら、この小瓶(こびん)で一〇〇〇人以上は殺せる」

「いっせん……!」と、ケインが息をのんだ。

「低濃度の物は薬用だけど、煮込んでドロドロにしてを繰り返して、それを水に溶かしていけば高濃度になっていく。今回の濃度だとまさに、そういう原始的な製法で作ってそうだね。だから、コレ全部を使っても十数人が関の山かな」


「いや、充分過ぎて引くわ……」

「ただ……」

「なんだ?」


「煮込んで濃度をあげる方法は、誰にでもできる代わりに素材量がいる。一般の人が思っているよりもずっと、凄い量がいるから、どうやって種を入手したのか気になるね。

 次にアルカリ性全般に言えるけど、こいつは特に苦いことで有名なんだ。事例としては口に入れた途端に吐かれて、殺人未遂が判明したっていうのもあるくらいに。

 当然、そうやって早い段階で吐き出して口内を水洗いするか、嘔吐(おうと)させれば死ぬことはない。最悪でも腹痛で済む程度で終わるね」


「じゃあ、何かに入れて使うのが普通なのか?」

「まぁね。お茶とか豆茶とか…… あとは濃い味の煮込み料理に混ぜるとか」

「おいおい、台所と相性抜群じゃないか……!」

「そういうこと。昔はネズミ駆除用の他に、夫を殺すために使われることが多かったけど、今は一般流通なんかしてない。要するに、この小瓶(こびん)が台所に置いてあったってことは、明確に殺意を持った人間がいたって証拠だ」


「さっそく知らせてくるッ!」

「あっ、ちょっと待って!」


 テントから出ようとしていたケインが、振り返った。


「これ、持って行きなよ。あとコレも」


 そう言って、彼は小瓶(こびん)と試験紙をケインへ持っていき、


「もう毒が使われてるかもしれないから、これで調べたらいいよ。簡単にしか分からないけど、緑色に近い場合は避けて。青とかだったら、まぁ大丈夫かな。濃くは無いから」

「そっちはいいとして、小瓶(こびん)の方は証拠品だろ?」

「中身を取り出して、一応、洗浄してある。水でもいれておけば罠に使えるんじゃない?」

「罠……?」


「元の場所に戻しておけば、取りに来るか何かへ入れるか…… そういう妙なことをするんじゃないかな?」

「あっ……!」と言って、ケインはしばらく固まってから、人差し指を立てて、「やっぱりお前、頭いいな!」と明るい顔で言った。

「でしょ? よく言われるんだよね」


 ターザリオンが冗談めかして、ニヤリとしながら言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ