6 歌姫との邂逅(かいこう)
日が暮れ始めた頃、ケインは依頼主が待っているであろう多目的広場へとやって来た。
住宅街への坂道を少し進んでから右へ折れて行くと、到着する。そして、役場への道の途中には、右手に大きな広場があった。そこが多目的広場である。
広場には様々な出店があり、舞台らしき設置物は無かった。だから、例の歌姫は役場の建物にある舞台部屋で歌うのだろう。カウカ島に若者が少ないとは言え、よくもこれほどの年配者が集まってきたものだとケインは思って、屋台を回る健脚な年寄りや初老を眺めていた。
きっと舞台部屋にはたくさんの同期がいるのではないかと思い、なるべくそちら側へは行かないで置こうと心に決めていると、
「もし、そこの方」
と声を掛けられた。
振り返ると、これまた年配の女性が立っている。
北突堤で見たお爺さんも、わりと背筋が良かったけれど、このお婆さんはその上を行くほど綺麗に伸びている。ただ、身長はそれほど高くはない。
少々着飾った服装で、白髪のクセ毛が綿みたいにふわふわしており、笑みをたたえた顔からは、優しさがうかがえた。
「あの、何かお困りで?」
ケインは仕事状態に切り替わっているから、少し背を丸め、身長を合わせるようにし、それ相応の愛想でお婆さんに応対した。
「見たところ警備兵の方ですね?」
「ええ、警備兵ですよ」
「依頼を受けて来られた方かしら?」
「ええ、そうですね……」と苦笑うケイン。「ですから、何かお困りでしたら、応対はここを受け持っている別の警備兵にしてもらうことになりますね」
「あら、それでしたら依頼書を見せてもらえますか?」
「えっ?」
「何やら様々な警備兵の方が、色々な依頼を受けているようでしてね、私の出した依頼を受けた方が見つからなくって」
「それでしたら、港近くにある駐在所で確認できますよ?」
「それよりも、依頼書には依頼主の名前が書いてあるのでしょう? それを確認してほしいのだけれど…… ダメかしら?」
「はぁ、依頼主の……」
依頼書を見せるわけにはいかないが、名前の確認くらいなら構わないだろう…… ケインはそう思って、
「お名前は?」と尋ねる。
「カメリアと申します」
「カメリアさん……」
ケインがハッとした。
それでお婆さん――カメリアがニッコリと笑みを浮かべ、
「確認するまでもなかったみたいですね。
ああ、良かった良かった。見つかったみたい」
ケインは驚きのあまり固まり、あんぐりと口をあけてカメリアを見つめていた。
「あらら? どうかしたの?」
「あ、いや…… なんと言うか……」
「私のことはご存じ?」
「えっと…… すみません、存じあげてません」
カメリアがクスクスと笑って、
「その昔は一応、歌で生計を立てていたんですけどね。もちろん、今でも自信はありますけれど」と言った。
「へ、へぇ~……」と、わざとらしく驚くケイン。
「歌姫が若いとは限らないのですよ? 警備兵さん」
カメリアはまるでケインの心中を見透かしたように、いたずらっぽくそう言った。
ケインはそれが少々、腹立だしかったようで、ムッとした表情を一瞬だけ見せ、
「全くもってその通りですね」と、肯定してみせた。
「なるほどねぇ。見た通り、負けず嫌いみたいね?」
「それより」と遮るように言って、ケインは内ポケットから依頼書を取り出し、カメリアへ差し出した。「こちらの書類を確認後、記名をお願いしたいのです。よろしいでしょうか?」
「ええ、ええ、もちろんです。どうぞこちらへ」
と言って、カメリアは依頼書を受け取らず、先導するように歩き始めた。
ケインは目を細めつつ、目の前を行く年老いた老婆の背中を見て、徐々に、例の少女はいったいなんだったのだという疑問が芽生え始めていた。