57 金庫破り
やはり、カメリアの予感は的中していた。
ケインは彼女と一緒にベルの執務室へと向かう。
部屋に入ると、すでに何人もの捜査課と鑑定員――ターザリオン達がうろついていた。
その中にあって、一人だけ立ちすくんでいる女性がいる。ベルだ。
彼女が執務机の前に立っていたから、
「ベル!」
と、カメリアが呼び掛けて近寄る。
彼女は振り返って「カメリア……」と、力無く答えていた。
「金庫が破られていたって、本当?」
「ええ」と言うなり、カメリアが執務机の後ろ側にある壁を見やった。
壁は隠し戸になっていて、それが開いた状態で、金庫らしきものがむき出しとなっていた。
その金庫の扉も開いている。中にはまだ、何か色々と残っているように見えるが……
「何を盗まれたのです?」
ケインが尋ねると、
「土地や物件の権利書、あとは紙幣です……」
「こじあけられたんですか?」
「そうでなければ、開くことなんてありませんよ」
「――来ていたのですか、二人とも」
マイヤーの声が背後からしてきた。
彼はちょうど部屋に入ったところらしく、こちらに近寄ってきて、
「人員が減った矢先にこれですよ」と、苦々しそうに言った。「このままでは私の首も危うい……」
「状況を教えてくださる? マイヤーさん」
カメリアが単刀直入に尋ねた。
マイヤーは両腕を組みつつ、
「見ての通り、貴重品を納める隠し金庫破りです……」
「そのようですね」
「今度の盗難は、あの妙な仕掛けを使うのは無理ですよ」
「そうでしょうとも。やっぱり道具を使ってあけられたのですか?」
「今のところ、そう思っています。鍵穴が傷付いているし、盗られた物から推察するに手紙を送ってきた犯人…… つまり髭面の男の犯行です」
「その髭男ですけれど…… 何か続報は無いのですか?」
「いえ、全く」
マイヤーがハッキリ言った。
「分かったことは港を経由せず、不法上陸した可能性が高いと言うことと、宿を使わずに野宿しているということだけです」
マイヤーの言っていることは少々、不正確であった。
厳密には、商店街や港の人々からそれらしい人物の証言が得られず、船の乗船記録にも残っておらず、宿にもそれらしい人物が泊まっていないから、不法上陸…… つまり、小舟などを使って無理矢理に着岸し、道具を使って崖を登り、上陸したのだろうという推測で言っていた。
野宿の件も当然、宿に泊まっておらず、近隣の人々の家に寝泊まりしていないことを確認したからである。
無論、匿われている可能性も捨てきれないから、今も監視と捜索は続けられていた。
「犯行時刻はどうなってるんですか?」
ケインが質問すると、マイヤーは彼を見やって、
「幸い、この屋敷には時計がある。
ベルさんとベティさんが言うに、いつも登校前のユイさんと朝食を終えてから執務室へ入るそうだ。そのときの時刻は決まって七時半くらい。
今日はユイさんが早めに登校したから、朝食も早めに終わらせて執務室へ向かったらしく、時刻も早めで七時過ぎだそうです」
「七時過ぎねぇ……」
カメリアが顎をさすりながらそう言って、ケインへ目配せした。だから、
「昨日、この部屋には何時までいたんですか?」
と、ケインがベルに尋ねた。
「マイヤー所長にも伝えましたが、執務室を最後に出たのは私で、二十二時くらいだったと思います。出て行く寸前までは、マイケルさんと話をしていました」
「ニアさんとフランツさんが帰宅したあと、執務室へ二人は来ましたから?」
「いいえ。詳細は知らないけれど、自室へ戻ったんじゃないかしら? ああ、ニアだけは客室を使わせましたよ。警備兵の方が来て、彼女の自室の窓ガラスが割れているからと言って」
「フランツさんとヌイさんは同室でしたよね? 帰宅後すぐ、お互い部屋へ戻ったか分かりますか?」
「いいえ、分かりません。でも、食堂で夕食をとったとは、ベティが言っていた気がしますね」
「ユイさんは? 確か、マイケルさん、アシュリーさんと一緒に屋敷へ集められていたはずですよね?」
「最初は一緒に執務室にいました。でも途中でユイが、アシュリーも疲れているだろうからと自室へ戻りましたね。アシュリーさんはそれ以降、ずっとユイの部屋にいたんじゃないかしら?」
「そうすると、ユイさんはどこかで別行動をしていたのですか?」
「別行動と言うほどではないけれど…… ユイは、ベティと一緒に飲み物を持ってきてくれました。
普段なら食堂で飲みますけど、警備兵の方々が歩き回っているし、だからと言って執務室で飲むのも落ち着かないから…… 私の寝室で一緒に飲むことにしましたね」
「ベティさんも一緒?」
「いえ、ユイが自分だけで大丈夫だからと下がらせていました。なんでも、フランツが部屋に来て、アシュリーさんの睡眠を妨害するから、私のところへ逃がしてほしいとお願いしたとか言っていた気がします」
「なるほど…… ベティさんがその時間まで、この屋敷にいたと言うことは、家に帰らなかったと言うことですよね?」
「この状況ですから、道中で襲われたりでもしたら大変でしょう? もちろん、寝泊まりする場所の問題はありましたけれど…… そこはマイケルさんが、うちの料理人と一緒に面倒をみると言ってくださってね」
「ベルさんが執務室から出て行く寸前まで、一緒にいたんですよね?」
「ええ。何せ外を警備兵の方が固めてくださってましたし、マイケルさんの家も安全だろうと思いまして」
「ベティさん、今は屋敷内にいますよね?」
「ええ、いますよ。今の時間だと台所かしら?」
ケインがカメリアを見やる。
彼女は口角をあげ、
「ベル、最後にいいかしら?」と尋ねる。「あなたがユイちゃんと一緒にいた時間はどのくらい?」
「そうね……」と、ベルが目をつむる。「十数分くらいかしらね」「学校があるし、アシュリーさんを一人にしておくのも忍びないから、部屋へ戻りなさいって言って、廊下を巡回していた警備兵の方と部屋へ戻りましたよ」
「なるほど……」
納得した顔でカメリアはうなずき、
「それじゃあ、マイヤーさんにベルさん」と、二人に向けて言った。「私とケインさんはその時間帯に、各人が屋敷のどこにいて、何をしていたのか訊いてみますよ」
「もう聴取は済ませてありますよ?」
マイヤーが困った顔をしながら言った。
「こう言う状況下では一般人の私が訊いた方が、相手も緊張せずに話をしてくれますからね」と、カメリアは引き下がる気配を見せずに言った。
「全く…… あなたの悪い癖ですね、それは」
ベルが苦笑いながらそう言うから、カメリアは微笑みつつ、
「今回の盗難事件、私は解決に至る絶好の機会だと思っていますから、どうしてもね」と答えた。
一方、カメリアとケインが話をしている頃、カウカ島の港から一隻の船が出ていた。
甲板の上には十人ほどの警備兵と、その警備兵達に囲まれるように船側に立っているユイ、アシュリーがいた。
今日は波が穏やかで、船の速度も出ない代わりに、ほとんど揺れることも無かった。だから、アシュリーは船酔いにならずにユイと話すことができた。
「やっと学校へ行けるね」
アシュリーが、海を見ているユイの横顔を見て言った。
ユイはすぐさま返答しなかった。
ぼうっとした顔で海を眺め、思い出したように、
「ゴメンね、アシュリー。変なことに巻き込んで……」と言った。
「仕方ないよ…… こんなの、誰にも予想できないことだもん」
「せっかく、家に来てもらったのに…… どうしてこんなことになっちゃったんだろう……」
アシュリーが、欄干に乗せてあったユイの手をそっと握る。
それでユイが、アシュリーの方を見やった。
彼女は微笑んで、
「私、気にしてないし迷惑とも思ってないから…… 落ち着いたら今度こそ、お祖母様の歌を聴いて、みんなで食事をしましょう」
フッとユイが苦笑い、
「できるかな……」と言うから、アシュリーが少し曇った表情で、
「変なこと言わないで、ユイ。私もお祖母様も、あなたやベルお婆様が襲われないよう全力を尽くすから……」
「うん、分かってる。本当にありがとう。本当に……」
アシュリーが突然、
「今日の晩ご飯は何がいい?」と尋ねてきた。
ユイの言い方に引っ掛かりを覚えたからだろう。
「いきなりだね」と、苦笑うユイ。「まだ朝だよ?」
「でも、学校に行って帰る頃には昼下がりでしょう? 今日は始めてあなたが家に来てくれるわけだし、せっかくだからユイの好きなのを作ります」
「じゃあ、今度はアシュリーが煮込み料理作ってよ」
「食材は何がいい?」
「魚よ、魚。ムズリアと言えば魚だもん」
「分かった。できるだけ、味が染みやすい魚にするね」
「うん…… 楽しみにしてるね」
そう言って、ユイはようやく口角をあげた。しかし、どこか寂し気な雰囲気も漂わせていた。
「ユイ……」
アシュリーが心配そうな顔で言った。
「他に何か、心配なことでもあるの?」
しばらく、細波の音と周囲の話声だけが流れる。
「――さすがだね、アシュリー」
ユイがやっぱり寂し気な笑顔を浮かべて言った。




