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5  北突堤と男女が二人

 普段の光景からは想像できないほどに賑わっている商店街を見渡しながら、ケインは交番を目指した。


 マイヤーが言っていた交番は、商店街を抜けた先にある通称『北突堤(とってい)』と呼ばれる、陸続きで植林もなされた特殊な防波堤の近くにあった。


 無論、近く(・・)であって、人のいない突堤(とってい)に隣接しているわけではない。

 正確に言えば商店街と北突堤(とってい)のちょうど、中間あたりに位置している。それに、港からそこまで遠く離れているわけではない。


 歩き出して十数分後、目的地である交番の姿が見えてきた。

 じきに着くのだが、ケインはフッと、演奏会に関する(うれ)いが頭をよぎった。


 島に来ている人間はほとんど、有名な歌姫歌手を見に来ているに違いない。この規模の人数を収容する場所は、おそらく多目的広場か役場の側にある建物だろう。


 あの少女も同じように演奏会をするだろうが、果たしてどれだけの人が見に来てくれるのか……


「呼び掛けもした方がいいのかな」


 少しでもお客さんを呼ばないと、ちょっと可哀想な状況になるかもしれない…… ああいう子が傷付くのは見たくない……


 そんな取らぬタヌキの皮算用と言うか、いらぬ情けの掛け算用を頭で思い描きながら、ケインは交番の前まで来た。


 すでに中には二人ほどの警備兵がいたから、挨拶をし、奥の部屋へ通じる扉の鍵をあけて、中へと入る。


 部屋は手前と奥とでハッキリ用途が分かれているらしかった。

 手前は台所がある土間、奥は板張りにベッドや全身鏡が置いてあるから、寝室らしき一画だった。風呂は無く、(かわや)は外か、土間の裏口っぽく見えるあの(とびら)の向こうだろうか。


 ケインは荷物を板間へ置いて、警備兵の服装に手早く着替えた。


「よし」


 全身鏡で服の(えり)をしっかり整えたケインは、ベッド脇にある戸棚の時計へ目をやった。


 ――まだまだ時間がある。暇潰しがてら、その辺りを歩いておこう。

 そう考えたケインが、部屋から出る。


 鍵を閉め、他の警備兵たちに見回りをしてくると告げて、交番をあとにした。


 商店街は人が混雑しているのと、いらない仕事が増えすぎて収集がつかなくなることが予想できたから、逆方向の、人がいなさそうな北突堤(とってい)の側へと歩きだした。


 ちなみに住宅街は、港と商店街の中間地点に存在する、山の方向に伸びる大きな坂道を行く必要があって、ケインが今、歩いている道は当然、住宅街には続いていない。


 しかし、いくつか住宅の屋根が見えるから、住宅街でないだけで、人は住んでいるようである。


 このまま道なりに進むと人の敷地へ勝手に入る可能性がある。

 だからケインは、左に折れるように続く坂道ではなく、海側へ折れて続く右の細道を歩いた。


 すぐに手作りの階段が現れて、そこを下りて行くと、普通とはちょっと違った突堤(とってい)が現れる。


 何が少し変わっているかと言うと、まず広めに作られていた。

 右側は一般的に見られる突堤(とってい)の形で、海側へ突き出た(はな)には篝火(かがりび)の台が付いた、小さな灯台が建っている。そこへ行くための階段も存在していた。


 一方、左は平地と同じ高さで、海には消波用の石が海面から見え隠れしており、平地には雑木林が生い茂っている。


 風は穏やかな方だが、それでも潮風に当てられた針葉樹の枝が、右に左にざわつくな動きをしていた。


「へぇ、ここってこんな風になってのか……」


 雑木林の中を歩きながら、ケインが(つぶや)いた。

 カムカ島は始めてでは無いものの、ここまでやって来たのは始めてであった。それで思わず、言葉が漏れたのだ。


 消波用の石で砕かれる波の迫力に驚きながらも、雑木林を散策していると、四隅の方に人影があるのをケインは認めた。


 どうやら男女らしい。

 男性は割と年が行っているようであった。短く刈り込んだ白髪で、背もそこまで大きくないが、曲がってはいない。むしろしっかり伸びている。


 女性の方は逆に背が少し高く若い。黒い髪を後ろの方で小さなお団子にしてまとめてある。格好からするに、家政婦か女中であろうか。


 何やら切羽(せっぱ)詰まった顔で話し合いをしていた。波の音のせいで詳細は聞こえない。


 不意に男性がケインに気付く。

 ケインは思わず頭を下げた。

 男性も女性も頭を下げる。


「また連絡する」


 男性がそう言ったのが聞こえた。

 彼は足早にその場を立ち去り、遅れて女性も歩き始める。

 ケインは距離が近くなったところで、女性に声を掛けようかどうか迷った。


 無論、食事へ誘うためではない。

 人気が無いところで何を話していたのか気になったのが一点。もう一点は、何か困ったことがあったなら声掛けをするのが、警備兵の職務だからで、話しているときの表情から困っているのではと判断したのだ。


 しかし、結局は声を掛けずに見送るだけであった。


「島の人かな……?」


 とりあえず、外国から来た人ではなさそうだ。

 人の往来がまだ多い時間帯で逢瀬(おうせ)と言うわけでもないだろうし、これ以上の詮索(せんさく)はやめようと考え、ケインはまた適当に散策し始めた。

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