49 マイケルの家へ
ケインとターザリオンが外へ出る。夕日はすっかり水平線へと沈みつつあった。
それに合わせて、夜が顔を覗かせている。
まだ必要では無いだろうけど、すぐに必要となるからと、ケインは持たされたランプ片手にマイケルの家へ向かった。
そうして玄関の扉をノックする。
「ゴメンください、ケインです」
そのうち、錠が解かれて扉が開いた。
「おお、ケインさん」
隙間から顔を出したマイケルが言った。
「二人の様子でも見に来てくださったのかな?」
「ええ、カメリアさんからどの程度、お話を伺っているか分かりませんが、二人を見ておくようにと言われまして…… 中へ入っても?」
「ああ、もちろん構わんが…… そちらの男性は?」
「申し遅れました」と、ターザリオンがケインの背後から言った。だから、ケインが少し脇へどいた。
「僕は捜査課の鑑定員をしています、ターザリオンと申します。以後、お見知りおきを」
「カメリアさんが言った通り、捜査が始まったんじゃな?」
「ええ。ひとまず調べられる物は調べておきました」
「マイケルさん」
彼の後ろの方から、女性の声がする。
薄暗い廊下の奥に階段が見えていて、その階段の隣にユイが立っていた。
「ひょっとして、ケインさんが来たの?」
「ああ、そうじゃよ。せっかくだから晩ご飯でも食べて行ってもらおう」
「うん…… そうだね、それがいいと思う」
「あと、ケインさんのお友達がおってな」
マイケルがそう言って、脇に移動するから、ターザリオンはケインと目配せしたあと、玄関へ移動し、一歩前に出てから口を開いた。
「お初にお目に掛かります、ユイさん。僕は捜査課の鑑定員で、ターザリオンと申します。ケインとは同期の同僚でして…… 一言で言うなら、釣り仲間です」
「ユイ・リエッジです。どうか、お祖母様をお守りください」
と言って、一礼する。
ケインとしては、どこか他人行儀に思えたから、ターザリオンは本当に自分とは友達関係なんだよと言った。しかし、それでも彼女は一歩引いたような、警戒した立ち振る舞いをしていた。
そこに妙な引っ掛かりを覚えつつ、マイケルに導かれるように広間へと向かった。
広間には食卓と椅子の他、ソファが二つに石の卓が一つあり、壁には何かの絵画があって、ガラス戸の棚には色々な物が並べて置いてある。
「適当にくつろいでいてください。燭台に明かりを灯しておいてくれると助かります」と、マイケルが言った。
「儂は今から、庭に水やりをしてくるんでな」
「分かりました。――ちょっと台所を覗いてきても?」
「ああ、別に構いませんよ。それより、一つだけ訊きたいんじゃが……」
「なんです?」
「儂の家の側を警護しておった警備兵が、マイヤーと言う方と一緒にどこかへ走って行きおったんじゃが…… あれは、何かあったのか?」
「ああ、いや、その……」ケインが頭をかいた。「落ち着いて聞いてもらってもいいですか?」
「なんじゃ、急に……」
「実はですね、ニアさんが演奏会を聞きに行くと言って、出て行ったそうでして……」
「なんじゃと……?!」
「おそらく、ユイさんの警護を任されていた方が連れて行かれたんだと思います。逆に言うと、自分とターザリオンはその穴埋めに来た感じです」
「なんたる女だ、全く……!」
「とにかく、何事も無ければいいんですがね」
「お前さんらには悪いが、あの女は死んでも別に構わん。人の醜い部分を集めたような女じゃからな……!」
「落ち着いてください、マイケルさん」
ターザリオンがそう言って、両手で制するような動きをした。
「――娘さんがいらっしゃるのでしょう? あまりここで話すべきことでは無いかと」
「あの子は別じゃ。産みの親より育ての親と言うじゃろう?」
「僕もその意見に賛成ですが、そうは言っても、多感な年頃の子は気にするものです。控えた方が賢明ですよ」
沈黙が流れた。
マイケルはうつむき、細長い息をつきながら目をつむり、
「そうじゃな。少々、年甲斐も無いことを言ってしまったわい」
と言って、顔をあげた。
「二人をよろしくお願いしておきます」
そう言って、マイケルが広間から出て行った。
「ターザリオンはどうする? ここで待ってるか?」
ケインがそう言うと、いつの間にかガラス戸の棚の近くへ移動していたターザリオンが、その棚を見やったまま、
「そうするよ」と言って、ようやく振り返った。「君の小粋な冗談で二人を暖めておいてくれ」
「何言ってんだよ、全く…… お前は本当、真面目なのかどうか分かりかねるヤツだな……」
「ところで、あのマイケルって人は、リエッジ家とかなり親交があるんだよね?」
「そうらしいが…… どうかしたか?」
「これ見てよ」
そう言ってターザリオンが棚を指差すから、ケインが近くへ寄って行った。
手に持ったランプの明かりをかざすと、何かのパンフレットや、サインの寄せ書きなどがある。その上の段には、タバコのパイプが置かれてあった。
「なんだ? これ」
「寄せ書きのところ、よ~く見てみてよ」
ランプの光がガラスに反射するから、ケインは少しランプを下げつつ棚の中を凝視する。
年号が書いてあって、今から三十年ほど前のものだと分かった。
「あっ」
ケインは、ベルやマイケルの名前を見つけて、思わず声をあげる。
「カメリアさんの名前もあるよ。あの人、演劇もしてたの?」
「演劇? なんで?」
「ほら、このパンフレット見てよ」
確かに、演劇の題目が書かれてある。有名なヤツだ。
突然、ケインが思い出したような顔で「ああ、そうかそうか」と言った。
「何? どうしたの?」
「ベルさん、マイケルさんと演劇仲間なんだってさ」
「演劇仲間?」
「玄人じゃないけど、結構、積極的に活動してたらしい。カメリアさんとは海外公演をしたときに、知り合ったんだってさ」
「へぇ~。それで、寄せ書きにカメリアさんの名前もあったわけか。あの人も演劇やってたとか?」
「いや、分からない。やってたなら話に出てただろうし、やってないんじゃないか?」
「そうか。歌姫だったらやってそうなモンなのになぁ……」
「とにかく、俺は台所へ行ってくる。手伝いが必要なら呼びに来るから、ちゃんとここにいててくれよ?」
「もちろんさ。他人の家の中を勝手にうろつく趣味は無いよ」
すると不意に、コンコンとノックの音がしてきた。
振り返ると、あいている扉をユイが鳴らしていたらしく、
「お二人さん」と言った。「悪いけど、食器を運ぶの手伝ってくれませんか?」
「あ、ああ、ゴメン。行こうとは思ってたんだ」
ケインが苦笑いながらそう言って、ターザリオンを見やる。
彼はおもむろにケインの持っていたランプを横取りし、
「僕は部屋の明かりを付けておくよ。マイケルさんから頼まれてたからね」と言った。




