45 消えた一通目の手紙
ケインはカメリアと執務室の両扉の前まで来る。
カメリアがノックをし、呼び掛けるとマイヤーが出てきた。
彼の表情がどこか渋く固い感じになっていたから、ケインは思わず、
「どうかしましたか?」と尋ねた。
「いや…… 君やカメリアさんが言っていた、特務機関からの手紙とやらだが」
「まさか……」とケインが言うと、
「そのまさかだ」と、マイヤーが答えた。
「無くなっているのですか?」
カメリアが尋ねる。彼女にとっても意外だったらしい。
「ベルさんが言うには、この執務室の机にある、鍵付きの引き出しへ入れてあったそうなんだが……」
「殺害予告は」とカメリア。「マイヤーさんが預かっていますよね?」
「ええ。証拠物件ですから、念のために所内の管理室の金庫に」
「駐在所に必ずある部屋で、二名以上で鍵を使わないと入れない、頑丈な特別設計の部屋です。盗まれる心配は無いと思います」
ケインが補足するように言った。
「じゃあ、私達が見た特務機関を偽った手紙だけが盗まれていると言うわけですね?」
「あの手紙」とマイヤー。「お二人は、昨日の晩に見たと言いましたよね?」
「ええ、食堂で」
「誰が持ってきましたか?」
「ベティさんですけど、きっと、ベルが私に見せるために、あらかじめ引き出しから出しておいたんでしょうねぇ」
「あのマイヤー所長」ケインが言った。「ベルさんは、手紙の管理についてなんて言っているんですか?」
「単純だよ。昨日の就寝前に手紙を引き出しへ入れ、鍵を掛けた。あとは、それっきりらしい」
「鍵はこじあけられてましたか?」
「いや、そういう形跡はないが……」
「ちょっと調べてみてもいいかしら?」
カメリアがそう言うと、マイヤーは困り顔で、
「自分は構いませんがね、フランツさんとベルさんが、弁護士を通して遺産と親権について話し合っている最中のようで…… ちょっとした修羅場ですよ」
「じゃあ、あたしがさっさと確認してみますよ。ケインさんはマイヤーさんから、フランツさんが昨日の晩、どこで何をしていたか聞いておいてくださる?」
「え? ああ、別に構いませんけど……」
「じゃあ、パパッと見てきますね」
そう言って、カメリアがノックをし、両扉の片方をあけて中へと入っていった。
『急にごめんなさいね、お三方。実は――……』
「ケイン君」急にマイヤーが呼び掛けてきた。「フランツさんだが、特に問題のある行動はしていないと思う」
「そ、そうですか。具体的にどういうことをしていますか? 自分は交番前まで娘さんのユイさんを見に行って、そこで髭男と言い合いをしていたと言うことくらいしか……」
「ふむ。その言い合いの前は、商店街の酒屋で酒を飲んでいたらしい。
言い合いのあとは、髭男を追うように商店街へ入ったらしいが、いないから、運良く取れた宿へ戻って就寝したそうだ」
「宿と酒屋の名前、教えてくれたら確認しに行きますよ?」
「いや、それは別の人間にやってもらう。
悪いが、一段落するまではこの家の…… 特にベルさんの警護をお願いしたい」
「えっ?! じ、自分がですか……?!」
「どうやら君は、カメリアさんだけでなく、ベルさんからも依頼を受けているそうだね?」
「え、ええ。なぜかそういう流れになってしまいまして……」
「リエッジ家はムズリアでは名家の一つ。正直、本当に殺人などの事が起こったあとでなければ、家の中に警備兵をうろつかせるのは難しい。一段落するまでは君が警護してくれないか?」
「えっと…… しかし、自分は要人の警護経験が無いもので……」
「中止にはなったが、アル・ファーム王家の護衛のために、アレコレと訓練は積んだはずだろう? それをここで発揮してくれたらいい」
なんだか話がややこしいどころではなく、責任重大が過ぎる方向へ向かっている……
ケインはそう思いながら、なんとか曖昧にして、お茶を濁せないかと考えていると、両扉の片側が開いた。
「お待たせしました」
カメリアがひょっこりと姿を現す。
ケインは助かったと思いつつ、扉を閉める彼女へ、
「カメリアさん、そろそろ演奏会の会場へ戻った方がいいと思いますよ?」
と言った。
「ええ、ええ。もちろん分かってますよ」
「俺もそろそろ、ユイさんとアシュリーさんがいる、マイケルさんの家へ行かないとダメですよね?」
「そうですねぇ…… 一応、マイヤーさんの他、三名ほど屋敷の外を見ていてくれるそうですし」
「それは心強い」
「カメリアさん」とマイヤー。「ケイン君にはリエッジ家の中を警護してもらおうと考えているのですが……」
「家の中は、あなたが警護した方がいいですよ、マイヤーさん。さっき、ベルにそう言ってきましたから」
「だったら二人の方が、より安全になるのでは?」
「ユイちゃんがね、両親と同じ場所にいると具合が悪いから、今は隣人のマイケルさんの家にいるの」
「え? どうしてです?」
「家庭事情ですよ、マイヤーさん。こればっかりはどうしようもありません。まだ、色々と強制させるに足る状況とは言えませんから、こちらが合わせるしかないんですよ」
マイヤーが目を細めて首をひねった。
「イマイチ、よく分かりませんな……」
「詳細はベルが話してくれますよ。
とにかくケインさんは、先にユイちゃんのところへ行ってあげてくれない?」
「それはいいのですが、どうだったんですか?」とケイン。
「どうって……?」
「鍵ですよ。こじあけられたり、していたのですか?」
「ああ」とカメリアがうなずき、「あなたのご友人、鑑定員でしたよね? あの方に調べてもらう必要はありそうですけど、おそらく、こじあけたんだと思いますよ」
「えぇ?」マイヤーが信じられないという顔で言った。「それはあり得ませんよ、カメリアさん。私が見たときは、鍵穴にキズ一つ無かったんですよ? 道具など使われた形跡は何も……」
「あの引き出しの錠前、どういう物か見ましたか?」
「ええ。鍵を回すと小さな鉄板が閂のように上へ出て、くぼみに収まる錠前でしょう?」
「小さいし、非常に単純で簡単な仕掛けの本締錠ですよね?」
「ええ、その通りです。だからこそ、こじあけるのも容易ですが…… キズを残さずにあけるのは不可能ですよ」
「そうね…… 実演した方が早いですから、私の使っている客室へ移動しましょうか」
そう言うなり、カメリアが歩き出した。
困惑したケインがマイヤーを見やると、彼は仕方なさそうな表情で首を横に振り、応えていた。




