44 裏庭の調査
ニアの部屋から出たケインとカメリアは、そのまま裏庭の方へ行くことにした。
玄関から出た二人は、屋敷をグルッと回るように歩いて、裏庭へ出る。
裏庭は表の庭よりも狭く、庭を囲む木の塀の向こうはすぐに山肌だった。広葉樹や針葉樹の梢が風に揺られ、ザワザワとそよいでいる。
ケインは視線を上へあげ、いつの間にかもう夕暮れ前なのかと、赤くなりつつある空を見ながら思った。
「ケインさん」
カメリアの呼ぶ声がしたから、慌てて彼女の方を見やる。
少し行った先にカメリアがいて、
「ここを見て下さい」と、草地を指差していた。
「何か見つけたんですか?」
「足跡なんですけれどね、たくさん付いていますよ」
「本当ですね…… これじゃあ、あまり期待できないかな?」
「でも、こっちのはあまり見ない感じの足跡ですよ、ケインさん」
「本当だ、これは男性用の」と、しゃがみ込んでケインが言った。「革靴、でしょうかね」
「ええ、一般的な革靴ね。ただ、おかしい点が一つ」
「え? どこです?」
カメリアがケインを見やって、ニッコリと微笑んだ。
「教えてくれないんですか?」
「謎々ですよ。何がおかしいと思います?」
ケインは仏頂面をしつつ、草地に残る足跡をジッと見つめていた。
「ヒントは、ここへ来る前にありますよ」
「意地悪せずに教えてくれませんか? 俺は謎解きは趣味じゃないんです」
「あらあら、今はご機嫌斜めですね」と苦笑うカメリア。「では、こちらへ来てください」
と言って、カメリアが歩き出す。
彼女は道中を戻るように歩いて、角を曲がった。
ケインは仕方なく彼女に付いて行くと、途中で彼女が立ち止まって、地面を指差していた。
「これを見てください、ケインさん。先程と同じような足跡が、クッキリと残っているでしょう?」
「あっ、本当だ……」
気付かなかったとケインは思いつつ、自分の足下にある足跡を見下ろしていた。
「これ、向こう側にもあるか見てくださいな」
カメリアが、指差す方向を表の庭側へ動かしていく。
ケインはその指をたどって、地面を見て行く。
「あれ……?」
ハッキリ付いていたはずの足跡が無くなっていた。
「ねぇ? おかしいでしょう?」
「えっと…… すみません、途中で足跡が消えているのは分かるのですが、それは偶然、そうなっただけでは?」
「そんなことありませんよ? だって、途中までは残っているのですからね」
「途中までは……?」
「いいですか? ケインさん。窓ガラスを悪趣味な物で割った犯人は、途中まで見慣れない革靴を履いていた、ということですよ。でも、それが途中までしかないのは……?」
「途中で履き替えたか、靴を脱いだ?」
カメリアがうなずく。
「でも、どうしてです? 逃げなきゃいけないのに、なんで脱ぐ必要が?」
「推測ですけれどね、単純に靴の大きさが合ってなかったからだと思いますよ?」
「靴の大きさが…… え?」
「靴の大きさが合ってないと、逃げるのも難しいでしょう? だから脱いだんだと思いますよ?」
「え? ちょっと待ってください。つまり犯人は、靴が合ってない物を履いてたんですか?」
「理由は簡単。別人の靴を使うことで、疑いを晴らすか、捜査を攪乱することになりますからね」
「あぁ……」
――考えてみれば、当たり前のことだ。
「要するに、偽装工作のために革靴を履いたと?」
「ええ。とにかく、この足跡の記録も取っておいてもらいましょうかね」
「あっ、そうだ」
ケインが急に閃いた顔をして言うから、カメリアが首をかしげ、
「どうしたのです?」と言った。
「法定管理人の話のとき、俺の友人のことを話しましたよね?」
「ええ、聞きましたよ」
「そいつ、鑑定員なんですよ。夕方くらいにカウカ島へ来てくれる予定なんで、カメリアさんを送るついでに港に寄って、ここの現場検証をしてもらいます」
「ああ、いいですね。それは好都合ですよケインさん」
「それは良かった」と、ようやくケインの顔から笑みがこぼれる。
「他の足跡も、特徴的な物があればいいんですけれどねぇ…… 残念ながら、分かりやすい足跡は無さそうです」
「この足跡は誰の物でしょうかね?」
そう言って、ケインが指差した。
その足跡は、よくよく見てみなければ足跡だと分からないくらいに、草に埋もれていた。
「小さい靴のようですね」
「小さいと言うことは、女性用?」
「男性も小さい方はいますよ? マイケルさんの足は小さい方ですから」
「そうなんですか?」
「機会があったら、悟られないよう観察してみるといいですよ。くれぐれも、粗相が無いようにね?」
「え、ええ、分かってます」と言ってから、ケインはあることに気付いて、「あの、カメリアさん」と呼び掛ける。
「なんですか?」
「ひょっとして…… いつもそんなこと、しているんですか?」
カメリアは不意にきびすを返し、
「さぁさぁ、とりあえず見る物は見ましたし、執務室へ行ってくれたマイヤーさんと合流しましょうか」
と言って、歩き始める。
ケインはどこか納得のいかない表情をしつつ、カメリアの背中を追い掛けた。




