39 ユイの実父(じっぷ)について
「よければ、ユイさんを預かった当初の状況を教えて頂けませんか?」
ケインが言った。
「自分もカメリアさんも法定管理人になるわけですし、ここまで来たら、仮に法定管理人の必要が無くなったと言われましても、ベルさんとユイさんを放ってはおけません」
「そうですね…… でも、話せることなんて何もありませんよ」
「何もですか?」
「だって、急に孫が産まれたと言って持ってきて、数日もしないうちにニアが蒸発したのですからね。
幸い、父親がしばらく面倒をみてくれましたけど、船乗りでしたから……」
「ユイさんが話してくれました、父親のこと」
「そう、あなたには話したのね」
「こんな状況ですから、誰かに胸の内を吐き出したいと考えるのは自然なことです。しかも、急にこの状況でしょう?」
「ええ、急にですよ。一昨日までは普通と言っていい日常生活だったのに…… 厄災が現れた途端、普通に暮らしていた人々が息絶えていくのです……」
きっとフランツとニアのことだろう。
ケインはそう思いつつ、なるべく話がズレないようにと続けた。
「ベルさんは、ユイさんの出生や本籍について、今の今まで知らずに過ごしていらっしゃった、という認識で構いませんか?」
「ええ、構いませんよ。先程も言った父親が、ムズリアの病院で生まれたと言っていたので信じてしまったの。国籍は父親のモノがあるから、二つあると知ってはいましたけれど…… 本籍なんて、普通は成人するまで用がありませんからね」
確かに、とケインは思った。
彼女はカウカ島の有力者で、他国へ引っ越すと言うことはあり得ないし、その有力者の孫娘が、未成年なのに仕事をするという状況も起こり得ない。
この状況で育ってきて、本人は育児放棄を受けていても、外野の他人は虐待とは絶対に認めないだろう。
「その船乗りの方は」とケイン。「巡洋中に事故で亡くなったのですよね?」
「ええ…… 痛ましい事故でした。乗船した人々が全員、行方不明…… つまり亡くなりましたからね」
「嵐ですか?」
「ええ。外洋へ出ていましたから」
「なるほど…… 荒れると危険ですからね、外洋は」
ベルが窓の方を見やって、
「たまにね」と言った。「あの子が海の方をずっと見てることがあったんですよ。口ではアレコレ言ってますけど、きっと父親が恋しかったんでしょうね…… あの方、荒っぽいけど誠意はありましたから」
「そうでしょうね。ユイさんもそれをちゃんと覚えていますよ」
ベルがケインの方へ振り返り、「そう思いますか?」と言った。
だから、ケインは自分の頭頂を軽く、手の平でポンポンと打って、
「大きな手だったと言ってました」
「そう…… あの子がそんなことを」
ベルがまた、窓の方を見やる。差し込む光芒がいつの間にか、夕暮れの色に近付いていた。
「ベルさん」とケイン。彼は三つ目の質問を試みた。
「ベラーチェスに本籍が存在すること、ユイさんはご存じなのですか?」
「きっと知らないでしょうね。あの子は生粋のムズリア人だと思ってるでしょうから。本籍が向こうにあるなら、六対四でベラーチェス人ね」
「えっと…… 失礼ですが、いつお話をされるおつもりで?」
「フランツさんと弁護士の話を終わらせたらにしようかと思っています」
「なるほど…… やっぱり話をされるのですね?」
「ええ。それから先に、あなただけにお話ししておきますけれど……」
そう言って、ベルがケインの方を向いた。また射るような目をしている。
「遺産相続は諦めて、全て寄付してしまおうかと考えています」




