34 弁護士、現る
カメリアが振り返り、ケインがもたれさせた体を起こす。
現れた男性は仕事用の鞄を持っていて、肘当てが付いているから、明らかに事務仕事をしている感があった。
「先程、ニア様やベル様のお名前を言っておられましたが…… ひょっとすると関係者様でいらっしゃいますか?」
「あなたは?」
カメリアの言葉に、男性が会釈をした。
「あっ、これは失礼致しました。私は弁護士をしております、ヌイと申します。以後、お見知りおきを」
そう言って、彼はポケットから名刺入れを取り出し、そこから名刺を出して恭しく渡してきた。
「ベラーチェスの弁護士……?」と、カメリアが呟く。
「このたび、ニア・リエッジ様とフランツ・リエッジ様からご依頼を頂きまして…… もし関係者様でしたら、リエッジ家の屋敷がどこにあるのか、お教え頂きたいと~……」
「友達という関係ですけれど、それでいいのでしたら」
「あ、ご友人でございましたか。それはそれは……」
「あの」と、ケインが前に出てきた。「申し訳ありませんが、少々、状況が込み入っておりまして。二つ三つほどお訊きしても?」
「あなたは…… 警護課の治安維持隊員の方ですか?」
「ええ。捜査課ではありませんが、のちにすぐ、捜査課が関わってくることになります。申し訳ありませんが、お話をさせて頂けませんか?」
「事情によりますねぇ…… どういう事情かお話ください」
「顧客とその関係者の情報は漏らしませんよね? 当然」
「ええ、もちろん。契約には全てに対する守秘義務がございますので……」
カメリアがケインの袖を引っ張るが、ケインは首を横へ振って目配せしてから、ヌイへ視線を戻した。
「実は、少し前に殺害予告の手紙が来まして……」
「えっ……!」
――どうやら知らないらしい。当然と言えば当然だが、なぜかケインを安心させた。
「これからまた、捜査が本格的におこなわれることになるかと思います。この状況下で、ニアさんかフランツさんが、あなたに何を依頼し、あなたは何をしにリエッジ家へ出向くのか…… それをお聞かせ願いませんか?
もちろん、知っている範囲で結構です。突っ込んだ情報が必要になるようでしたら、捜査課がまた改めて、聴取許可を取ってでもあなたとお話をすることになるでしょうから」
「そうでしたか…… いや、別にそちらの件と関係があるとは思えませんが、こちらの状況なら全て伝えておきますよ」
「誠にありがとうございます、手間が省けて助かります。
――あぁ。ちなみにこちらの女性、カメリアさんは、ベル・リエッジさんと親密な関係でして。法定管理人にもなっており、守秘義務を守る立場ですのでご安心ください」
ヌイがカメリアを見やると、彼女が会釈した。
「分かりました。
私の目的ですが、端的に言うと『親権に関わる相談』のため、呼び出されました」
「親権…… 親の権利ってことですか?」
「はい、そうです。
捜査が始まれば分かることでしょうから、申し上げますが…… あっ、当然ですが他言無用で」
「もちろん」
「実はニア・リエッジ様とフランツ・マロウ様は、近いうちに離婚をされる予定でいらっしゃいます」
「そのようですね」
「ああ、ご存じでしたか……」
「直接は聞いていませんが、なんとなく」
「なるほど。
現在、どちらが親権を持つか協議中でして。その話を当主のベル様にもしておこうかと」
「ちょっといいかしら?」とカメリア。「その親権の相談、いつ頃から始まったの?」
「最初は一ヶ月ほど前、夫のフランツ様がご相談に来まして、そこからですね。後日、ご夫妻で来られましたが」
「ムズリアに、今日来るように言われたのですか?」
「いえ、違います。
ちょうど二日ほど前にご相談があったとき、連絡があったらカウカ島の実家へ来てほしいと言うご依頼がございまして」
「じゃあ、その連絡が来たからここに?」とケイン。
「その通りです」
「手紙が来たとか?」
「いえ、発光信号による速達でした。
今日の朝には、事務所に一報が届いていましたので、おそらく昨日の晩に連絡塔から信号を送ったのではないかと」
「ああ、それで今の時間に来ることができたのですか……」
「帰国後、用紙を持ってきましょうか?」
「あ、いえ。
必要になったらベラーチェスの警備兵へ依頼して、取りに伺わせますので、一応、保管しておいてください」
「分かりました」
「ところで、ヌイさん。親権についてですけどね」
カメリアが頃合いを見て、話を戻した。
「どうしてベラーチェスの弁護士に相談を?」
「それは、ご夫妻のご息女がベラーチェス人だからです」
カメリアが「えっ」と、驚きの声をあげた。
なおもヌイは話し続ける。
「ニア様がムズリア人ですから、厳密に言うと二重国籍ですが、本籍はずっとベラーチェスにあります」
「まさか、そんな……」
「いえ、こちらに国籍と本籍登録の写しが」
そう言って、彼は鞄から役所で使われる証明書を二枚取り出した。
カメリアが受け取って、眼鏡を取り出してから、証明書に目を通す。
ケインは彼女の隣から、その紙を注視する。
上の方に透かしが入っているのか、ベラーチェス国の紋章が入っているのが見えた。
「確かに」とケイン。「ベラーチェス国で産まれたみたいですね……」
「ええ…… 私の知っている誕生日と、一週間ほど違いますけれどね」
「えっ?」
ケインがカメリアへ目をやる。
彼女の横顔は険しくなっていて、紙へやる目付きは、いつもの温和なものではなく、鋭い物となっていた。




