32 突然の来訪者と殺人予告
ターザリオンとしばらく散歩したあと、ケインは職場へ戻る彼を見送って、少し時間を潰してから港へと向かった。
広場の日時計を見るに、もうじき蒸気時計の汽笛が聞こえてくるはず…… だから、早すぎず遅すぎずのちょうど良い時間帯だ。
ケインは広場の長椅子のところへ向かい、そこに腰掛けた。
そうして、アシュリーとユイの到着を待つ。
先に二人が帰っているなら仕方が無いが、遅れて来ているなら、待っていようとケインは考えていた。
すると、
「ケインさ~ん」
と、聞き覚えがある声がしてくる。
ただ、若い声では無かった。
港の玄関口の方へ目をやると、カメリアが手を振りながら来ているのが見えた。
ケインは思わず立ちあがり、
「カ、カメリアさん……!?」
と驚き、戸惑う。
その瞬間、遠方から汽笛の音がしてきた。
音が止む頃に、
「待ってましたよ、ケインさん」と、目前まで来たカメリアが言った。
「え、えっと…… 忘れ物を取りに来たんですか?」
「違いますよ、あなたに話があるから来たんです。そっちはどうでしたか?」
「いや、まぁ…… 一応はやることやって帰るところでしたけど……」
「なら良かった。今からカウカ島へ戻りましょうね」と歩き出す。
「あ、あのですね――」
「ああ、そうそう」と振り返るカメリア。「アシュリーとユイちゃんは、もう先に帰ってます」
「えっ……」
「マイケルさんが迎えに行くと言うから、私もあなたに用事があったし、一緒に来させて頂いたんですよ」
「あ、ああ…… そう言う感じ……」
カメリアが溜息交じりに、
「若くはありませんけれど、退屈はさせまんせよ?」
「そ、そうですね…… むしろ、メチャクチャに忙しいくらいです……」
「一つ、あなたに聞きたいんですけれど」
ケインが首を傾げた。
「治安維持隊の捜査課…… だったかしら? あの人達って、直接こちらから動くように言って動くものですか?」
「捜査課?」
「ほら、ここからすぐ近くでしょう? 治安維持隊の建物って」
「まぁ、そうですけど……」
「頼んで動いてくれますか?」
「何かあったんですか?」
「それはあとで。今は動いてくれるかどうかを教えてくださらない?」
ケインはなんのことか全く分からなかったから、
「普通は無理です」と答えた。
「そもそも、事件性が確認できなければ出動できませんし……」
「それじゃあ、早く乗船しましょうかね。積もる話は甲板で」
カメリアが先導するように歩いて行く。
ケインは呆然としながらも、足はちゃんとカメリアのあとを付いて動いていた。
切符を買った二人が乗船し、出港時刻になったから、船が帆を張った。
出港直前だから、船乗りがあちこちへ移動している中、船側の方へ回ったカメリアとケインは、邪魔にならないところで立ち止まった。
「ここなら大丈夫」とカメリア。
「そうですね……」
「まずは、そちらの調査報告を聞かせてくれません?」
「あぁ…… えっと、まずはベルさんの依頼を受託しました。これがその書類です」
と言って、ケインが懐へ手を入れると、カメリアが手を差し出しつつ、
「ああ、大丈夫ですよ」と制した。「それより、会社の件はどうでしたか?」
「会社ですか……」と、ケインが手を抜き出しつつ言った。「帳簿ではありませんので厳密な判断は無理ですが、納税の状況を見るに、特に問題は無さそうでした」
「本当に?」
「同僚の一人と一緒に見て、そいついわく、負債が少し大きそうだって言うくらいです」
「なるほど。控除されている部分があったわけね?」
「ええ、多分。――おそらく」
「じゃあ、次は特務機関の――」
「あっ! ただ一点、気になることはありましたよ……!」
「あら、何かしら?」
「例の髭男、昨日の昼頃に納税記録を見に行っていたようです」
「えぇ?」と、カメリアが珍しく驚いた。それがなぜか心地良かったケインは、得意気になりそうなところをなんとか堪え、
「規則で閲覧はできなかったそうですが、フランツさんの会社に興味はあったようです」
「ケインさん」と言って、カメリアが立てた人差し指を自分の唇へ付けた。
「今は名前を伏せて……」
「あ、あぁ…… これは失礼」
と頭をかく。せっかくの得意気な気持ちがしぼんでしまった。
「それはそうと、特務機関の件はどうでした?」
「――そっちは一件だけありましたよ」
「一件?」
「アル・ファーム王家の、新婚旅行の件です」
「つまり、それ以外は無い?」
「ええ、ありません。そもそも、そんな依頼があったら、必ず職員へ何かしらの通達がありますから。捜索課の友人のところにも、話が入っているはずです。でも、何も無いみたいでした」
「妙なことねぇ、本当に……」
「それからもう一つ、報告がありまして。ユイさんから興味深い話を聞きました」
「あら? どういう話です?」
「髭男なんですが、どうやらアイツ、一年前にベルさんと会っているそうですよ」
「ケインさん、それは本当に?」
「ベルさん本人に訊いてみないと分からないですけれど、ユイさんは、その人が家に来たことをハッキリ覚えてるみたいで…… 職業や来訪の目的は分からなかったようですが」
「素晴らしいですね、ケインさん。これでまた謎に一歩、近付けましたよ」
「それは何よりです。
ただ…… とりあえず、早めに正体を突き止めておきたいですね。
暴言だけで済めばいいですけれど、別のことに発展してしまっては、元も子も無いですから」
「私からも一点、早急に対応しなければならないことがありましてね……」
「なんです?」
「これを見てほしいんですよ」
そう言って、カメリアが手提げ鞄から一通の手紙を取り出し、ケインへ手渡した。
「風に飛ばされないよう、気を付けてくださいよ?」
「そうですね、気を付けます」
ケインは風の方向へ背中を向けつつ、封筒の中にある便箋を取り出した。
「――えっ?」
声が出るほど、思わぬことだった。
印刷文字を写し取ったであろう手紙の内容は、こうだった。
『拝啓、リエッジ家の諸君へ。
お前達は島の発展のために邪魔な存在だ。
ゆえに死ぬべき存在である。
ゆえに一人ずつ殺すことにした。
覚悟したまえ、お前達には冷たい水底、または土の中がお似合いだ。
島を愛する者より』